サエとキヨヒロの出会い1
サエがハルの兄とタカと出会ったのは、大学入学後。
ちょうど桜の花が散り、桜若葉が風に揺らされている頃だった。
その日はいつにも増して、講義の内容がまるで頭に入ってこない日だった。
サエは小さい頃から甘いものが大好物で、バッグには必ず飴やチョコをしのばせていたが、その日はたまたま切らしていた。
講義が終わり生徒が退席するなか、全然何言ってるわからなかった……と、サエはノートを睨みながら座っていた。
自分の書いた文字をいくら読みかえしても、まるで理解ができなければ整理もできない。
だめだ、甘いもの食べたい、サエはそう思い大学内のコンビニに足早で向かった。
いつも食べているチョコ、そしてお気に入りのココアを買い、お店の前でガブガブとココアを飲んだ。
誰も見ていないと思い、プハーっと声を出した直後、ハルの兄・キヨヒロがサエの背後から声をかけたのだった。
「すごい良い飲みっぷりですね」
「ええ!」
目をまんまるにして後ろを振り向くサエ。
「あはは!リアクションも」
「びっっっくりした、ごめんなさい、誰もいないかと思って」
「いやいや、謝らないでください。僕の方こそ、急にすみません」
「いえ」
「僕も飲み物買いに来たんですけど、さっき同じ講義聞いてた人だーって思って見てたら急にガブガブ勇ましく飲むもんだから、つい見入っちゃって」
「い……いさっ。あっ恥ずかしいところを!同じ講義……あれ?必修でってことですか?もしかして学部も一緒?」
「と、思います」
2人は同じ学部だった。
「あ、そうだったんですね」
「はい」
「えっあ、どうしよう。あの、お名前は……?」
「キヨヒロです」
「あ、どうも。サエって言います」
「なんか名前を言い合うのって照れ臭いですね」
「あはは、そうですね」
「ちょいちょい、見かけてました。あ!怪しく思わないでくださいね、同じ講義だし受講してる人そんな多くないから。あれサボる人も多いのに、サエ……さん、毎回ちゃんと来てるなって」
「あはは、まあ。単位落としたくないですし、哲学ちょっと好きだから」
「あ、僕もですよ。ちなみに同い年……ですよね?」
「今年19です」
「じゃあ同い年ですね」
「はい、うん、そう」
「じゃあ、そういうことで……。またあの講義で」
そう言ってキヨヒロはどこかへ行ってしまった。
サエは、店の前でココアを豪快に飲んでいたのをまじまじと見られてたのか……と思うと後から無性に恥ずかしくなった。
それだけじゃなく、入学後に男性からあんな話しかけられ方をされたのがはじめてだったので、少し新鮮な気持ちを感じていた。
その翌週。
またあの講義の時間になった。
サエはいつも講義室の前の方に座る。その日の講義も、前から二列目の長椅子に座って受講していた。
講義の内容は、相変わらず難しかった。
教授が講義の終わりに、課題のレポートのテーマを発表したので、サエはレポート作成のための参考書を借りに、図書室へ向かった。
サエが哲学書が陳列されている棚で本を探していると
「サエさん」
背後から名前を呼ばれ振り向くと、キヨヒロが立っていた。
「ああ!どうも」
「レポート用に?」
「うん、そう。ここらへんに参考になりそうなのあるかなって」
「僕もです」
「参考になる本をと思ったんだけど……本のタイトルからもうわかんなくて」
八の字に下がる眉毛に、キヨヒロがプハッと笑った。
「あはは」
「え?なに?」
「いや、なんでもないです。というか、また背後からびっくりさせてすみません」
「全然大丈夫。あ、ねえ、敬語じゃなくていいよ?」
そこから2人は、図書室でいくつかの本を手に取り、互いに見せ合い哲学について語り合った。
その日以降、講義の後に会って話をするのが、2人の日課になっていった。