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兄が届けてくれたのは  作者: くすのき伶
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僕となら

ハルに注がれるタカの目線は、それまでと違ってとても冷たく、怒りの感情が乗っているようだった。




「ハルさん、いま言おうとしたことは、だめです」




「え……」


「言いたいことはわかりました」


「僕はそれでもいいんです。僕となら、タカさんがしたかったこと……」


「ハルさん、それは言わないで下さい。お願いだからそれ以上は言葉にしないで」


「……」


「確かに顔は似ていますよ、兄弟なんだから。性格だって、優しいところ、人想いのところもそっくりだよ。でもね、ヒロと僕の思い出は、ヒロと僕だから生まれたことなんだよ。ヒロは僕を救ってくれた。ハルさんがいま言おうとしたことは、ヒロが僕にしてくれたことに泥を塗るようなことなんだよ」


「……」


「ヒロは僕を友達として大切にしてくれた。男としてじゃない。だから僕はあんな温かくて幸せで、親よりも大切な人に出会えたって思ったんだよ。手放したくない幸せって本当にあるんだって、それを教えてくれたのがヒロなんだよ」


「タカさん」


「ハルさん、お願いだから僕とヒロの過去を否定するようなこと言わないでください」


「……でもそれって……そんな。タカさんだって自己否定してるようなもんじゃないですか。本当は兄と深く関わりたかったのに我慢してたんでしょう?兄がゲイじゃないから。兄にはサエさんがいたから。でも本当はタカさんは兄に触れ……」


ハルが言いかけたところでタカ手がハルの口を塞いだ。


指先が微かに震えていた。


「ハルさん、僕がいま考えてること……視て」


口を塞がれているのでハルは何も話せない。


「手、掴みますね。今からもう一度試すよ」


そう言ってタカはハルの口から手を離し、今度はハルの手を強く掴んだ。


その瞬間ハルの目の奥がまた氷のように冷たくなる。


ハルの目を見るタカの目線が固定され、瞳が全く動かない。


「は……タカさ……」


タカの体も動かない。口だけかうごく異様な表情だった。


「ハルさん、前に僕が話した"視え方"覚えてる?視線を固定してみて。目を開けたまま僕の目でも鼻でも口でもいいからブレずに見て、一点だけ。そのまま冷たい感覚に集中して」


「え……嫌で……」


「ハルさん。前回はできなかったけど耳は共有できた。今ぼくの目の奥、少しは視れるかもしれない。ハルさんの中で僕を覗いてみてよ」


「……」


そして強制的にハルの視点が固まる。


「そう、上手。そのまま。もっと冷たくなります」


以前にも増して、目の奥がものすごく冷たくなった。






その数秒後、ハルの中にうっすらと映像が視えた。



そこにはタカ、隣には男性、さらにその隣には女性が談笑しながら座っていた。


3人が笑うたびに彼らの体から花びらのような粒子がふわっと舞い上がっていた。


今よりも少し若い風貌のタカが、男性を見ては微笑む。


普段タカがハルに見せる笑顔とは違った幸せに満ちた表情をしていた。




その映像を視たハルの目から、涙が溢れる。


「あ……」


ハルの心が段々と幸福感で満たされていく。



「この感情……なに。俺のじゃない」


「視えてるの?」


「はい……3人います。え……。何これ。し……幸せで……幸せ」


「うん、幸せだよね。温かいよね。心地良いよね」




「あっ……も、もういいです……もう」


「まだです。ごめんねまだ見せるよ。分かってほしいから、もっと視て」


タカの呼吸が少し乱れ始めた。


息苦しいのか、肩が大きく揺れている。


「タカさん……はっ……離し……てくだ」


「僕、本当に幸せでした。この包まれてる感覚分かりますか?この思い出がいまの僕を保ってくれているんです。分かってくれますか?ハルさん」


「……」


「僕はこの過去があるから生きていられるんです。分かってもらえますか?」


「いや……でもそれは……」

「ハルさん」



ハルはそのまま目の奥で3人を視続けると、光の先にもう1人の男性が映った。顔は光なのか雲なのか、花びらなのか、何かに隠れて見えない。


男性に気づいたタカが、腰をスッとあげたところで、ハルに視えていた映像がプツンと切れた。



タカが手を離し、反動でハルの体が勢いよくソファにぶつかった。


ガタンっと、ソファの足が床を大きく鳴らした。




とても苦しそうに荒れるタカの呼吸。


「もう……この話は辞めましょう」


「は……い……」


「強く握ってすみません」


「僕もすみません……あの、呼吸……」


「大丈夫です。僕の方こそ、本当にすみ……ません」





ハルは、タカが自分に何度も触れたので自分のことを少しは男性として見てくれているのではと期待していたが、そんなことを少しでも思った自分が、どうしようもなくバカな奴に思えた。


触れてはいけない場所に、触れてしまった気がした。



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