最後まで
「はい、最後まで。ハルさんがすべての感覚を取り戻すまで。まだ回復とまではいかないけど、これだけの短期間で徐々に感覚を取り戻してきてる。その最後ってのはそう遠くない未来ですよ、きっと」
「え?そのあとは?」
「そのあと?ハルさんは、幸せに生きていってください」
「は、え……!?いや、いやいやいや、ちょっと待ってください」
「大丈夫ですよ」
「え、な……大丈夫じゃないです。あ、いや、自分には無理とか嘆きたいわけじゃなくて、それで終わり……ですか。元の自分に戻ったとしても、その先どうなるか分かんないし」
「……」
「あ、いや、違うんです。責任とらせたいわけじゃ……ちが……。この先も僕の面倒を見ろとか、そういうことじゃないんです。あの、そんな単純な話じゃない……ですよね……?それで終わりだなんて、嫌というか」
「いやいや、スタートですよ」
「……え?」
「ハルさんの、新たな人生のスタートです」
「まあ、そう……とも言えるけど」
「気持ちも前向きになると良いですよね。もうなりはじめているんじゃないかな」
「いや……まあ、そうですけど。そんな都合よく……なるのかな。あ、いや違うんです。たしかにそうなったら嬉しいし、自分を否定しなくなったらいいとは思うけど」
「お父さんから言われた言葉を思い出せば、何か変わるんじゃないかな。お父さんの言葉の影響で今現在のハルさんが形成されたようなものだから。けど……」
「けど……?」
「かなり辛いと思います。ハルさんの場合、自分の機能が停止するほどだったし。よほど否定されること言われたんじゃないですかね。僕はこの部分を心配していました。人より感受性高いですから」
「大丈夫ですよ。僕29ですよ」
「年齢じゃないと思います。40になっても50になっても、子供の頃の経験で苦しんでいる人は多いですよ。自覚してるだけまだマシで、ほとんどが無自覚のまま理由も分からず自分を否定し続けもがいてる。最悪自分を攻撃してしまう。もちろん、全てが親の原因ってわけじゃないけど」
「……」
「人を変えるほどの残酷な言葉はね、言われた方は絶対に忘れない。忘れたと思っても、ちょっとしたきっかけですぐに思い出す。今ハルさんは過去の自分に触れようとしている。あえて自分を刺激しているから、多分もう少しで思い出すんじゃないかな」
「タカさんも、そういう辛い過去はあるんですか」
「親との過去って意味ですか?」
「はい」
「……僕は、親は他人って思ってます。それ以上でも、それ以下でもないかな」
「そうなんですか」
ハルは、タカの過去が気になった。
「たまに思うんです。ヒロもハルさんも、両親の喧嘩を何度も聞いて、離婚に巻き込まれて辛い時期があっただろうし、ハルさんなんて今も苦しんでるのに、なんでそこまで人のことを考えられるんだろうって。どうして父親を恨まないんだろうって」
「……それは、僕が父に言われたこと思い出せないからってのが大きい気がします。それに例え父が原因であっても、父のせいで人生が……だなんて自分で言うのもかっこ悪いし」
「そう思うんですね」
「はい」
「本当に良い子だね。あ、すみません、良い子だなんて。善人って言うのかな。ハルさんもヒロも」
「いや、そんなことないですよ。人生はクソだーー!って思ってたし、人を悪く思ったことなんて数えきれないほどあるし、憎んでしまったことだって」
「いや、なんていうか。そんなレベルじゃないんですよね。何があっても人の心を大切にしようとしてるのが……こっちに伝わる。自覚ないでしょうけど。僕はヒロやハルさんのような善人を見ると苦しくなるんです」
「それ、どういう意味ですか?」
「世の中には善人のふりした悪人があまりにも多くて、僕はどちらかというとそういう人たちばかり見てきてしまいました。ハルさんたちのような人が、そういった悪人に悪いことされないか、白だったものを黒くされないか心配になって、苦しくなるんです。って、あはは、これものすごい勝手な妄想ですね」
「そんな。僕は全く善人じゃないですよ。兄はそうなのかもしれませんが……僕は違いますよ」
タカが黙ったまま首を横にふった。
「さっきの話に少し戻るけど、サエちゃんいるでしょ。あの子も本当に良い子で、僕は安心したんだよね。彼女ならヒロは黒く染まらない。幸せになるだろうって」
「それを言ったら、僕だってタカさんが誰かに傷つけられたら……嫌ですけど」
「僕は悪人側だから。けっこう心はドス黒いですよ。あはは」
「いや……もしタカさんがそんな人だったら、兄は最初から友達にしてない……と思います。それにタカさんは、優しい人です。とても」
「いや、全くです」
「そんなことないです。タカさん自身が気づいてないだけで、すごく優しいです」
「それは大切な友達の弟だから、そりゃ優しくなりますよ。裏で何考えてるか分かりませんよ」
「……」
「話逸らしてすみません。そういうことで、最後まではハルさんをしっかりとサポートします。どこまで協力できるか分からないけど。でもそれで永遠の別れってわけじゃないんだし、そこは心配しないでください」
「でも、タカさん……いなくなってしまう気がする」
「そんなことないですよ」
「僕の勘は……当たるんです」
「未来は分かりませんよ」
ニコっと笑うタカ。
ハルは、笑顔でいるタカがとても不自然に見え、役目を終えたら自分から離れていってしまうのでは、と思った。
そんなのは絶対に嫌だ。そう思いハルが言う。
「僕は……」
ハルの声が少し大きくなる。
「僕は……」
「ハルさん」
タカがハルの言わんとしたことを察し、遮って言う。
「違いますよ、ハルさん」