同じ気持ちになりたい
「耳の機能が加わりましたね、ハルさん」
「はい」
「次は何を感じるんだろう、先が読めないな」
「タカさんみたいに、目の奥で何か視れたらいいな……って思います」
「そしたら運転しにくくなっちゃいますよ」
「いいんです。同じ気持ちに……なってみたいんです。タカさんが、どういう視え方しているのか感じてみたい。あ、いや、変な意味じゃなくて!ほら、同じタイプの人間としてです」
ハッと気づき、慌てて否定する。
「はは。本当に可愛い人ですね、ハルさん」
「いや、すみません……」
ハルは、絶望の淵に立たされていた頃にタカと会い、自分の過去を知らされ、戻れるなら戻りたいと思った。
それは今の自分や状況を変えるきっかけにもなると思ったからだ。
けれどこのときハルが思っていたことは、それよりもタカと同じ感覚になりたい、その気持ちの方が強かった。
「どんな視え方するんでしょうね」
「え?」
「お兄さんが僕に見せてきた映像って、あの時だけで、それ以前やそれ以降は音沙汰なしなんです」
「……」
「僕はこの機能でお兄さんと会話ができるわけじゃないし、視えたものを頭で理解するだけ。もしかしたら僕の勘違いだったり、気づいてないこともあるかもしれません、だから……」
タカが続けて言う。
「だから、ハルさんの機能が全部戻ってお兄さんを感じたら、僕にも何かおしえてください。耳だったり思考だったり、僕とは違う感覚がきっと戻ると思うから」
「はい……兄は、タカさんにとって大切な友達……ですもんね」
「はい」
ハルは、ほんの少しだけ喉の奥がズキっとするのを感じた。
タカは、ハルの兄が遺した言葉 "弟と合うと思うんだよ" この意味を聞きたいと思っていた。
「あ、でもハルさん。機能が戻っても僕を透視しないでね」
「え!それいつもの僕のセリフ。取らないでくださいよ笑」
ははははっと、2人は笑い合った。
タカが、んーっと言いながら手を天井へ伸ばし背伸びをする。
そんなタカを見て、ハルはタカがマンション前まで来るまで送ってくれたときのことを思い出した。
「タカさんって体動かすことあるんですか」
「運動ってことですか?いや、とくにしてないですね。鍛えたほうがいいかな?」
ふふっと笑いながら答えるタカ。
「あ、いや、そういうんじゃなくて。なんとなく体が凝り固まってそうで」
「ええ!そうですか?あ、さっき背伸びしたから?」
「はい、なんとなく」
「背伸びくらいみんなするでしょう?」
あははっと声を大きく出して笑うタカ。
「ですよね、なんかすみません」
ハルもつられてあははっと笑った。
「もう、驚きの連続ですよ、タカさん」
「え?」
「タカさんと会ってから、本当に驚くことばかりで」
「ああ、うん。そうですね」
「慣れないし、分からないし、戸惑うしの連続で」
「そうですね」
「この先どうなるかもわかんないし」
「うん」
「でも……楽しい気持ちもあるんですよ」
「へえ」
「飲みはいいですね!タカさん」
「いいですか?」
「はい。すごく、いい……です」
そう言ってハルはジョッキを持ち、ビールを飲み干した。
ほんの少し、タカとの距離がまた一歩近づいたように思っていた。
タカはまた手に顔を乗せ、微笑ましい表情でハルを見ていた。
2人はその後、飲みを楽しんだ。
ハルは、タカの笑顔がいつもより少し緩んでいる気がして、そう思えることが嬉しく感じていた。
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