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兄が届けてくれたのは  作者: くすのき伶
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ちょっと実験してみましょうか

「うーん……」


「僕も確信をもって説明てきないからなぁ。互いにドアを開けている感じじゃないですかね。僕は僕の中のドア、ハルさんはハルさんのドアを開けてる……ようなイメージ」


「僕、自分でそのドアというのを開けた感覚がわからないです」


「そうですね。ハルさんじゃなくて僕がこじ開けたのかもしれないです。もともとドア自体は存在していて、鍵がかかっていたドアを僕が、たぶん。こうやって」


一瞬だけタカの表情が暗くなり、少し握る力が強くなった。


「あ、いや。僕が望んだことですから」


「ますます意味不明なことを言ってしまいました。余計な例えでしたね」


「いえ、すみません、酔いのせいもあるんですよきっと。つまりタカさんは、僕を見ているようで見ていない。自分の中の……中で?僕を視てる、ということですか?」


「そうです。僕はいま触れてるハルさん、目の前のハルさんを見ていたわけじゃないんです」


「あの、それはさっきタカさんの視線が全く動いてなかったことと関係しているんですか」


「はい。視ているときは、ほぼほぼ視点は固定されていると思います。……そうか、僕がハルさんの目を見ているからややこしいんだ」


「え?」


「ちょっと実験してみましょう。今はハルさんを見てますね。でもこうすると……」


タカが目線をハルの目からビールのジョッキへと移し、そして目の奥でハルを視る。


するとハルの目の奥が、より一層冷たくなった。


「うわぁ」

強い冷感に思わず声が出た。


「いま、僕の目線はビールを見てますが、同時に僕の中のハルさんも視てます」


「え……うわ……前回も思いましたけど、本当に不思議すぎます。僕まだ正直びっくりしてて慣れなくて」


「僕もけっこう驚いています」


ハルが軽く深呼吸をする。


「いや、僕に比べたらタカさんとても冷静です」


「あはは」


「あの……ちょっと思ったんですが、これ、目を瞑ったほうがより視えるんじゃないですか?その……気が散らなそう」


「と思うじゃないですか。確かにその方法もできなくはないです。けど目を瞑ると集中できないし、すごくブレるんです」


「ブレる?」


「はい。めちゃくちゃブレます。たぶん今の数倍は集中しないといけなくなる」


「え、そんなに。視界が暗闇の方がドアや僕をイメージしやすそうと思いました」


「ですよね。言いたいことよく分かります。なんなんでしょうね。目を開けてた方が視えるんです。こればっかりは言葉にできないんですよね。全然違うんですよ」


「あ、だから運転も危険ってことですか?」


「はい。運転中はいろんなところを注視して視点が動くからいいんだけど、たまに視点が一箇所にとどまると視えてしまう時があって危なくて」


「そうだったんですね。って、え!?それだと目をフル回転していないとってことになりませんか?眼球大丈夫ですか!」


その言葉にプハッと吹き出すタカ。


「本当にあなたって人は可愛いな。大丈夫です。そんなグルグル動かさないです。視点がとどまっても視ようとしないこともできるんで。気を抜くと危ないってことです」


「そうなんですね、なら安心というか」


「このくらいにしておきましょうか」


「わか……りました」


「この感覚、いつかハルさんが知ったら教えてください。っていってもハルさんの場合は目なのか、あるいは他の機能なのか今の時点ではわかりませんけど」


「はい」


「同じ感覚を知ってる人が近くにいたら、嬉しいじゃないですか。そういうのハルさんなかったでしょ?」


「あ、はい!ないです!ほしいです!あ、いや、ほしいってそういうんじゃなくて、そういうってなんだ。近くに居て欲しいって意味です」


ハルが少し大きめの声で、あわてて言った。



「あはは!僕もです。わかり合える感覚って嬉しいですもんね」


「はい。あ、あの、そういえばタカさん呼吸は大丈夫なんですか」


「大丈夫です。これくらないなら乱れません」


「そうですか、ならよかった」


「ハルさんが何をどう感じているか注視していきましょう」


「まだわからないことだらけですけど、はい」


「前に僕、ハルさんに怖くないですか?と聞いたじゃないですか。それは機能が戻った際にハルさんの身に何が起こるか分からない怖さ、って意味で聞きました。もしかしたら、ハルさんの中ですっぽりと抜けてる記憶、つまり辛い記憶も同時に戻る可能性もある」


「はい」


「そういった意味で聞きました。幼少期の経験は、大人になって無自覚にも尾を引くものです。僕はお兄さんに頼まれたと思っているので何があってもハルさんを支えます。けど結局のところ、これはハルさん自身の気の持ちようにもかかっていることなので」


ハルは、母にも"怖くないのか"と聞かれたことを思い出していた。


「大丈夫です。むしろ知りたいと思っているくらいなので。というか、ありがとうございますタカさん!何から何まで……本当に」


「大切な友達の弟ですから。何があっても守りますよ」


ニコっと笑うタカ。


「守るだなんてそんな」


あははっと笑うハルだが、やはりまだこの状況に慣れず動揺していた。


タカはまだ、ハルの手を握ったままだった。



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