飲みに行きませんか?
サエからメールでもらった音楽を、タカは繰り返し聴いた。
10秒ほどの、おそらくサビのような旋律部分を何度も何度も聴いた。
「なんだ?何て名前の音楽なんだ?」
特徴や雰囲気、あらゆる単語をインターネットで検索にかけた。CDショップの店員に聞いたりもしたが、結局分からなかった。
「ヒロ、俺この音楽知らない。そんなに聴いてたの?」
心の中で問いかけても、返答はない。
この音楽を聴くことで、また何か見せてくれないだろうか、なんて淡い期待をしたが、いくら感覚を集中しても何も視えなかった。
「これは大切なことじゃないってこと?」
サエが知っていて、タカが知らないことなんて山のようにある。そんなことは分かっているのに、タカはなぜだかこの曲がものすごく気になっていた。
タカとサエとカフェで会ってから、1ヶ月が経った。
ハルとは2ヶ月ほど会っていない。
そろそろ連絡を入れようと思っていたところ、ハルの方からメールがきた。
内容は、飲みへの誘いだった。
「お疲れ様です!タカさん、急なんですけどお酒は飲みますか?」
「飲みます。お酒好きです」
「じゃあ、今度飲みに行きませんか?今度は僕がおすすめのお店を紹介したいです」
「ぜひぜひ。ありがとうございます。いつにしますか?僕は融通がきく仕事してるんで、ハルさんに合わせます」
「僕もいつでも大丈夫なんです。じゃあ、今週の木曜はどうですか?」
「木曜、大丈夫です」
こうして、飲みに行くことが決まった。
タカは、僕から連絡がくるって分かって連絡したんですか?と聞きそうになったが、それはやめておいた。
飲みの約束が決まった直後、ハルはスマホを握りしめたまま、またタカに会えることが嬉しくなり気分が舞い上がった。
ハルは営業職の経験があるため、いくつかの雰囲気の良いお店を知っていた。接待や外での打ち合わせの際に利用できる飲食店は、全て覚えていた。
お店選びはおしゃれかどうかよりも、一緒に行く相手の雰囲気に合わせて決めるのがハルのやり方だ。
タカに合いそうなお店の候補はいくつかあったが、掴みどころのないタカの雰囲気を考えると、少し悩ましかった。
けれども、この悩ましい気持ちになること自体がハルにとっては嬉しくも感じていた。
そういえば人と飲みに行くのも久しいや、なんて思ったりもした。
そして約束、当日。
18時、ハルが待ち合わせ場所の駅に到着する。
おそらくタカは先に来ているだろうと思ったら、やはり既に待っていた。
「お疲れ様です!タカさん」
「お疲れ様です」
「やっぱり先に来てたんですね、あはは」
「はい」
ニコっと笑うタカ。
「ここから少しだけ歩きます。こっち」
「はい。案内お願いします」
「タカさんはこの駅周辺は来ることってありますか?」
「いや、全然来ないですね」
「僕、前にここら辺よく仕事で来てたんです。何度も来ているとお気に入りの飲食店のストックが増えてきて。今から行くお店も僕のお気に入りで」
「へえ、そうなんですね」
2人は10分ほど歩き、店に到着する。
「あのお店です。店っていっても……なんか一軒家みたいですよね」
タカはハルが指差すほうへ顔を向けると、大きな古民家のような外観が目に入った。
お店のドアは家の玄関のようで、まるで田舎の一軒家にお邪魔しに来た、といった感覚になった。
店内に入ると、ふわっと畳の香りがした。
「畳の香り……」
タカが呟く。
「はい。畳の部屋もあります。なんか田舎のおばあちゃんちに来た感覚になりますよね」
歩くたびにギシギシと音が鳴る廊下を通り、予約していたテーブルに通される。
「僕こういうお店、はじめてかもしれないです。店っていうか不思議な空間ですね」
「普通の家って感じですよね。でも椅子やこのテーブルの雰囲気が良い感じして。表舞台に立つ顔してるっていうか、年季が入ってるわりに綺麗だと思いませんか」
「うん、確かに」
「古い感じがいいかなあ~って思って」
「え?」
タカは少し驚いた表情をした。
「タカさんのお店の好みとか分からなかったんですが、古い感じのはどうかなと思って。……って、好みじゃなかったですかね」
ハルが心配そうに聞いた。
「あ、いやいや、そういうんじゃなくて。びっくりして。僕、古風なとこあるらしいです」
「あ、そうなんですか?どこらへんがですか?あ、その前にまずは飲みもの頼んじゃいましょうか!生です?」
「はい、生で」
今日も笑顔を見せてくれているハルに、タカは安心した気持ちでいた。