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兄が届けてくれたのは  作者: くすのき伶
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ハルと母との会話1

自宅マンションに戻ってきたハル。


玄関を開けてリビングに荷物を置き、そのままベッドに横たわった。


疲れていたせいか、一瞬にして眠りについてしまった。




翌朝起きると、目の前には見慣れた天井。


「ああ、現実に戻ってきたのかー……」


ハルは、ボソッと独り言を言った。



そのまま天井を見つめ、前日までのことやタカのことを思い出していた。




兄はもう死んでいる。




ハルは、ショックを受けつつも兄の死の事実を知ったおかげで、心のトゲのようなものがなくなっていた。


知りたくなかったことなのに、知ってなんだか心が軽くなるなんて、と思った。


そして3日間も一緒に過ごしたタカのこと。


タカが話したことは兄のことばかりだった。タカの目的からして兄の話だけになるのは当然だが、ハルはタカのことが少し気になっていた。


「タカさん、どんな人間?なんか不思議な人ー……」


また独り言を言った。


タカという同じタイプの人間に会えたのも少し嬉しく感じていた。




ハルの現実は全く変わっていない。


けれど、心が何か違う、何かが違って見える、何かを感じている、そんなふうにハルは思っていた。




そしてベッドから起きあがり、シャワーを浴びる。


コーヒーを淹れ、バルコニーの窓を開け、空気を入れ替えた。


ハルは、最後にこの窓を開けたのいつだっけな、なんて思った。




そして母のことを思い出す。


ハルの母はここから2時間ほど車を走らせた場所に住んでいる。


自分が兄の死を知ったことを一応伝えたほうがいいのだろうか、もし母の立場だったら息子に兄弟の死を隠しているなんて良い気分でないはずだ、そう思い母に電話をすることにした。



 

「あ、もしもし。あのさ……」




細かいことは端折って、タカから聞いた旨を話した。



母はかなり動揺していたが、直接話したいと言って翌日ハルのマンションに来ることになった。





そして翌日。


母がハルのマンションに到着する。インターホンが鳴り、母が入ってきた。


「急ぎで来なくていいし電話でもよかったのに」


「いいの。直接話したかったし車ですぐ来れる距離だし」


「2時間もかかる距離じゃん……」


「いいのいいの。これ、適当なの持ってきた」


母はテーブルに座り、今朝作ったおかずのようなものをハルに渡した。


「あとで食べて」


「うん、ありがと」




母は深呼吸をして、話し出す。


とても気まずそうな表情をしていた。



「あの……ね、キヨヒロのことなんだけど」


「うん」


「ごめんね。本当にごめん」


「え、あ、いいよ別に。俺って勘が冴えるときあるじゃん。だからなんとなくそうなんかなって、ずっと思ってたんだよね」



「……」



「……」



「その……キヨヒロのお友達から事情聞いたんでしょ。怒ってくれて全然いいんだよ。お母さんそれだけのことしたからさ」


「いや、怒っては……ない。俺いま自分の感情よく分かんないんだけど、父さんにも怒りの感情はないんだよね」


「え……」


「電話でも話したけど、その、兄ちゃんの友達がさ、父さんがなんで兄ちゃん連れてってたのとか、母さんとのことも知ってて教えてくれてさ。まあでも、ショックではあったよ正直」


「うん、そうだよね」


「けど俺って変な子だったんでしょ」


「変じゃない。何も変じゃないよ。お父さんが向き合えなかっただけ。そこは無理に分かろうとしなくていいよ」


「いや別に父さんを庇うつもりもないけどさ。ただ、あのとき相当まいってたみたいじゃん」


「そうかもしれないけど……」


「兄ちゃんと連絡くらいはとりたかったけどね」


「そうだよね。お母さんもあのときおかしかったね。2人は仲良かったのに。それも悪かったと思ってる」


「それなんだけどさ、離婚の理由を兄ちゃんから俺に伝わるの嫌だったから、とか?」


「……」


「あ、いや別に答えなくてもいいわ。別に俺もう29だし、いまさら過去のことで母さん責めるとかしないし」


「責めていいんだよ。本当にごめんね」


「いや、いいってば。それより母さんの口からも俺の変な子だった時のことちょっと知りたいんだよね。俺そこら辺に関しては記憶が抜けてて全然覚えてないんだよ」





「うん……。いろいろ分かっちゃう子だったのよ」




「分かっちゃうって?」



「たとえばね、うちに荷物が届くときとか、近所の人が回覧板届けに来る時あったでしょう?そういう時に、あのお兄ちゃんもうすぐ来るよ~とかって」


「そうなんだ。他には?」


「こういうの知るの、怖いとかないの?」


「大丈夫。むしろ知りたい」




「……分かった。そうだな、スーパーで夕飯の食材買い行くときにね、車に乗った瞬間に、言ってもいないのにメニューを言いあてたり。あとはお母さんの友達の体調が悪くなるのを当てたり。それから……ハル何か視えてるときがあったかな。たまにかたまってたから」


「かたまってたって?」


「一点をじーっと見て動かなかったんだよね。それ覚えてない?」


「そうなんだ。それも覚えてないや」


「そっか。そういうのは結構あったよ。お母さんも最初はびっくりしたよ?けど別にそれでハルのこと怖いとは思わなかった」


「父さんも俺のそれっ気は気づいてたんでしょ?」


「どうかな。気づいてたとは思うけど、あまりこういう話したがらなかったから。けどああなるくらないだったら、もっとちゃんと話し合っておくべきだったね」


「ああなるって?」


「お父さん、会社で気まずくなったときのこと」


「ああ」


「あれは、ハルは責任感じなくていいからね」


「うん。それ兄ちゃんの友達にも言われたよ。大丈夫だよ」


「まさか離婚って結論になるなんてお母さんも思ってなくて。そこまでしなくてもよかったし、お母さんももっと抗えばよかったんだけどね」





「……兄ちゃんはさ、そういうのなかったんでしょ」




「うん、あの子はね」



「そっか。兄ちゃん、俺のそういうの気づいてたっぽい」


「そうかもね。ハルといつも一緒にいたからね。可愛い弟って感じだったもん」


「うん、そうみたい。俺も兄ちゃん子だったよね」



母は頷き、そして小さなため息をついてから、父のことを話す。



「あのね、……お母さんはね、いまでもお父さんの態度は絶対に間違ってたと思ってる。でもね、それでもあんたたちのことすごく大切に思ってたのは確かだから。それは知っておいて。お父さんなりの愛情は確かにあったの」



「うん……」



「人って、誰にでも脆い部分があると思うんだよね。お母さんにもあるし、キヨヒロにもハルにもある。でもそういうのってさ、そこを突かれたときじゃないと分からないんだよね」




「うん」




少しの沈黙が続いた。







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