こんにちは、ハルさん
東京から電車とバスを乗り継いで3時間。
廃れた田んぼや大きな木々を通り抜けた先に、小さな宿がひっそりと佇んでいるのが目に入った。
「あれか」
ハルはふうっと息を吐いて、やっと目的地に着いた、という達成感に浸った。
歩くたびに枯れ葉や枝が折れる音に、少し心地よさを感じながら宿の門をくぐった。
受付を済ませ、部屋に案内される。
部屋の窓は開いていて、まるで絵画にありそうな美しい海が一面に広がっていた。
この宿の近く（といっても徒歩30分ほど歩くが）には崖がある。
旅行雑誌にも口コミサイトにも載っていない情報だ。
宿に泊まった人達のsnsから崖の存在を知り、ここに座りたい、ハルはそう思っていた。
そしてまたふうっと一息ついて、崖へ向かった。
崖に向かって歩く度に、視界が海で埋まっていく。
空は水色、海は青色。とても、とても美しかった。
ハルは、これは人に教えたくない場所だ、秘境並みだな、なんて思いながら、しばらくの間海を見つめる。
自然を綺麗だなんて思う心がまだ自分にはあるのだな、と少し嬉しくも感じていた。
またしばらく海を見つめていると、
「あのー……」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、男が立っていた。
男は自分は変質者ではありません、とでも言いたそうな、気さくな笑みを浮かべていた。
「えっ、あっ、はい」
ハルは、ここで人と会うなんて……と少し気持ちが萎えた。
男の身なりはパーカーにデニムパンツ、荷物はなし。近場の宿に荷物を預けてふら〜っとやってきたような、そんな雰囲気をしていた。
「急にすみません、ほんと。驚かせちゃって。あっ不審者じゃないです！って……不審者は自分のことそう言いませんよね。すみません」
「はあ、いえ」
「あと、きっと一人で居たいでしょうに、話しかけちゃってすみません」
「ああ、いや、大丈夫ですよ」
ハルは、その男の発する言葉の間、選び方、トーンで、なんとなくヤバそうな人ではない、と察した。
「なんでしょう？」
「ほんと怪しまないで欲しいんですけど……少し話……しません？少し」
「あ……はあ。はい」
「いやその、ナンパってわけでもないですからね！？あ、ほら、こんな場所で会ったのも何かの縁とゆうか、あっ、男性にナンパがどうとかってのも変ですよね、すみません！」
「ぇえ？あ、あははっ」
男が自分の発言に自分で突っ込んで焦っている姿に、ハルは思わず笑ってしまった。
「大丈夫です。時間はいっぱいあるし、大丈夫です」
「すみません……ありがとうございます」
「いやいや、そんな」
そうして、男はハルから人二人分離れた場所に腰を下ろした。
ハルは、自分は絶望な気持ちからここに来たとゆうのに、いったいこの男はどんなハズレ縁を引いたんだ、と可笑しくも感じた。
「ありきたりですけど、どこからここに？」
男が聞いた。
「あ、東京です」
「おお！一緒です。僕もです。もしかして癒しを求めて？」
「まあ、そんな感じです」
ハルは目線を下にそらし、ニコっと笑いながら答えた。
「そちらは、どうしてここに？あっその前に、お名前は聞いても大丈夫です？」
「あ、名乗り忘れてました。自分から声かけてきたくせに、すみません。僕はヨシタカ。タカって呼ばれてます」
「タカさん。僕はよくハルって呼ばれてます」
「ハルさん。僕ね、実はずっとここに来たくて。でも来れなかったんですよね。今回、やっと来れたんです」
急に満面の笑顔でタカは答えた。
「そうなんですか」
ここはその事情とやらを聞くべきか……いや……聞かないほうがいいか、とハルは黙ってタカの次の言葉を待っていると
「ほんと、ずっと来たかったんですけど、でも来れるタイミングがやっときて。今だなって」
ハルは、この男がここに来た目的はよく分からないが、初対面相手に詳しく言う内容でもないんだろう、と思った。
「タイミングってありますよね。僕もなんか、海見たいな〜なんて思って。今までそんなこと思ったことなかったのに」
「へえ〜。そうなんですね」
タカは、少し目を細めて一瞬視線を海に向ける。そしてハルの方へ戻した。
「ハルさんは、どうしてここに来たんです？」
「ああ……」
言葉に迷った。
