精霊王 1
一晩ぐっすりと眠って、朝起きると夜眠るまでの間なにをしていたのかすぐに思い出すことができなかった。
フィーネはあまり眠る時間が長い方ではない。大抵は集中力が欠如してきたときに、やらなければならない事と天秤にかけて、それでも眠った方がいいときに眠るので起きたらすぐに、頭の中でタスクを管理する。
しかし、そのルーティンを守れないほどには、それまでの間、無理をしていたし頭がぼんやりするほど、ぐっすりたっぷりと眠った。
シパシパする瞳をこすって、あたりを確認すると自分の部屋ではない。だってテーブルにお気に入りの花瓶がないんだもの。ではここはどこなのか。
考えつつもなんだか肌寒くて、二の腕をさする、いつものネグリジェには袖が付ているのに着ている服は下着のように薄っぺらくて肌寒い。
「起きたのか。頭はすっきりしたか?」
問いかけられて扉の方を見てみると、今しがた自分の客室に戻ってきたアルノーがフィーネの元へと寄ってきた、その手にはラナンキュラスの花束が携えられている。
アルノーから視線を落として、フィーネはその花束を見た。何層にも重なった花弁が美しく、良い香りが漂ってくる。
「これか? 朝一で街に降りて買ってきたんだ、君の部屋に飾ってくれ」
「……」
「まだ、眠たそうだな。今日一日休んでいたっていいんだぞ」
小さくかがんで、フィーネと目を合わせながら言うアルノーは、窓から差し込んだ昼の陽光に照らされて、優しく笑顔を浮かべている。その表情は愛情たっぷりにほころんでいる。
彼の二つの翡翠の瞳は、フィーネにこれでもかと優しい色で向けられている。昨日の夜はあれほど、鋭く射抜かれるのが怖かったあの瞳が、自分を傷つけないと理解したとたんに美しく思うのは何故なのだろうか。
アルノーが手を伸ばしてフィーネの頬に触れる、それから寝起きで下ろしたままにしている髪をフィーネの耳に掛けてやった。
「…………っ、っ~」
その手が頬に触れる感触で、フィーネは昨日のありさまを思い出した。
羞恥心のあまり声を出せない、というかなんと言ったらいいのかわからない。しかし、昨日の自分はとにかく、滅茶苦茶だったと思う。切羽詰まっていたのだ、それだけは確かでアルノーの与えてくれるものの大きさに戸惑っておかしくなっていた。
そういうわけで、理論武装してそのおかしくなっている原因をどうにかしようと躍起になり暴走し、大変なことをやらかした。
顔が熱くなっていく、合わせる顔がない。どうしたら良いのかもまったくわからない。
「……熱いな」
声を出さずに笑って、アルノーはしんみりそんなことを言うのだった。そのあたりでまた、フィーネの頭はパンクした。
元より彼の事がわからなかったのがさらに意味不明になり、そしてそれに向き合わなければならない状況に対して早急な対策を考えた結果。
ふらりと倒れて、また意識を飛ばした。
次に起きた時には、今度は自分の部屋であり、フィーネのお気に入りの対になっている花瓶には、アルノーの存在を忘れさせまいとするラナンキュラスの花が美しく咲き乱れていて、頭がくらくらするのを感じつつも、何とか起き上がった。