暴走 9
それほどまでに追い詰められていて、愛情からの言葉も届かないのだとすれば、どうするべきなのかと、少し思考を巡らせると、侍女頭のアデーレが言っていた、彼女は頑張りすぎだという言葉を思い出した。
「……なあ、フィーネ、今日はとりあえず一度諦めてみてはどうだ?」
「……あきらめる……」
「ああ、だって、君の望みと俺の意見は食い違っているだろう、それなら、明日も明後日も俺はここにいるのだから、その時にでもやってみたらいい。それとも今日じゃなじきゃいけない理由でもあるのか?」
聞きながら、アルノーはフィーネをベットに連れて行った。癒しを与えるもの伴侶の役目らしいので丁度いいだろう。
それに、アデーレは何か勘違いをしていると思うのだがアルノーだってフィーネにフラれてから、母の目を盗んで見習い騎士時代に女性との付き合い方ぐらいは学んでいる。
ただすこし、フィーネに関しては、度が過ぎてしまうことがあるだけなのだ。
「……特にありません」
「そうだろうな。ところで君があまり休息をとらないと、使用人たちから聞いたんだが本当か?」
「どちらかといえばそうかもしれません」
「では、深夜に自分の部屋に今からもどるのと、この部屋で過ごすのはどちらがいい?」
「……後者の方が効率がいいとおもう」
アンケートの回答みたいな事しか言わなくなったフィーネに、声を出さずにくつくつとアルノーは笑って、彼女をベットに寝かせた。そうするとしょんぼりしたままフィーネはアルノーに視線を向けて「ごめんなさい」と小さくなりながら言うのだった。
なにに対する謝罪なのかわからない上に、可愛いフィーネを眺めていられる幸福を与えられて心の底から満たされていたアルノーは、安心させてやる言葉を紡ぐ。
「もういいから、今日は休め。疲れているだろう?」
「…………疲れてなんていないわ」
「そうか、それでも休んでくれ」
「…………本当は少し疲れているかも」
「そうか、じゃあ眠った方がいい」
「……そうね」
小さな子に言い聞かせるように言われて、フィーネはやっと認めて、ぽすっと枕に頭を預けた。
ここ数日、今日の為に考えに考え抜いて自分を追い詰めて、思考がスパークしまくっていたフィーネは、今だけはとにかく、怖い事はなさそうだし、それに、こんな風に言ってくれる彼が、明日には気が変わってフィーネをほっぽり出すのは流石に天変地異が起こらなければありえないのだとやっと理解した。
そうすると、既にガス欠でポヤポヤしていた思考が強制シャットダウンされて、すぐにぷっつりと意識が切れて眠りに落ちてしまうのだった。
それを見てアルノーはやっと安心できた。
それと同時に、気を抜くとこれは彼女のペースに持っていかれかねないなと思う。今までこんなに自分までも追い込んでストイックに生きる人間を見たことがない。
アデーレが言ったように、アルノーがストッパーにならないと、死ぬまで止まらなさそうなのだ。
……厄介な性分をしてるんだな。まったく。
普通の男だったら面倒くさくなるような性格をしているフィーネだったがアルノーからしたら、そのぐらい抜けてくれている方が、自分の出番があるような気がして嬉しかった。
アルノーが機嫌よく、ベットの淵に腰かけてフィーネの柔らかな髪を撫でつけていると、同じくフィーネをのぞき込むような位置に、ぱっと突然カミルが現れる。
突然のことに、魔法を放ってしまいそうになったが、カミルは害のある存在ではない事は、前回の助言からして理解しているので驚きはしたものの、『はあ~』と大きなため息をつく彼に視線を向けた。
「久しいな。君はまだこの子のそばについているのか」
『……あんまり驚かないんだ。ま、いいけど。今は違うよ。僕、今はフィーネと決裂してて……』
悲し気に言う彼は、それでもフィーネの事が心配なようで、視線を彼女から外さない。
『だから暴走気味なのも、分かってたけど、全然止めてあげられなくて…………ほんっと焦った』
「ははっ、見てたのか」
『見てたずーっと!もう、馬鹿、本当に、頭いいのにおかしいよっ』
「……頭がいいから難儀なんだろう」
『そう!本当にそう!ひやひやしたよ、とんでもないことにならなくてよかった』
見られていたというのは若干、羞恥心もあったがキスを茶化すようなこともなく、カミルは真剣そのものだった。
そして普段からのフィーネを知っているカミルからしても、今日の彼女は暴走気味だったようなのでやはり休ませて正解だっただろう。
確証が得られてアルノーは、ホッとしつつ、カミルがこちらを見ていることに気が付き、アルノーも視線を上げた。
『ねえ、アルノー。君はこの子を幸せにしてあげてね。僕は、今回はマリーと一緒に逝こうと思ってる。念願も果たせたし』
「……まて、誰だそれは、というか何の話だ」
『だから最後に、教えてあげる』
カミルは、泣いてはいないのに、とても悲しそうで寂しそうな顔をしていた。アルノーの質問には答えずに、フィーネの寝ているベットの前に膝をついて、その美しい瞳を伏せる。
『フィーネは君との思い出がまったくないよ』
「!……そんな、ばかな……」
『ほんとーの話だよ。フィーネは君とは魔物の襲撃の時が初対面だって言ってた』
「……そんなはずは……覚えてなければ、そもそも俺に連絡してくるわけが……」
『フィーネに君を頼れって助言をしたのは僕。君が助けてくれるって教えてあげたのも僕。……フィーネは接していてわかる通り、すっごく理屈っぽいから、君の信頼と愛情の理由がわからなくて、はちゃめちゃな考え方を展開してる。どうにかしてあげてね』
そんなことはありえないと思いたいのに、確かにそれなら、話の筋がとおる。それに、フィーネがこれほどまでに取り乱している理由も納得がいってしまって、不安に駆られて焦ってしまうのもうなずけた。
あの時の事を覚えていないなんて認めたくないと思うのに、それにどうにかしてあげてと言われても、どうしたらいいのかアルノーはすぐに答えを見つけられなかった。
『……フィーネ。ばいばい、幸せになるんだよ。僕の大事な人』
混乱するアルノーをカミルは見向きもしないで、フィーネの額にやさしく口づけて、微笑んだ。
それからぱっと姿を消す。
最後に爆弾を残していったカミルに、混乱はしていてもアルノーは、怒りを向けることは無かった、それどころか、カミルが彼女を守っていた役割が自分にしかできない事になったのだと理解してしまった。
問題を解決しなければいけないだろうと思うのに、フィーネにとっても大切な人であったのであろう人物が居なくなったことに、彼女が可哀想でもあり同時に、この愛しい人をなにがあっても守るのだと心に決めるのだった。