暴走 7
これでは自暴自棄になっているのとさほど変わりがない。しかし、そんな感情を微塵も見せずにフィーネはアルノーの目を見て、微笑むことができてしまっているのだった。
さすがにこれをフィーネが誘ったのだという彼女の責任にして、抱いてしまうのは、男としてというより人として、彼女に対して真摯ではないだろう。
そう結論付け、仕方なく、フィーネの手を軽く払って、アルノーは眉間の皺を伸ばすように、指で押して、それでも切り替えきれない気持ちを押し殺して言う。
「…………フィーネ。それは確かにやり過ごせてるといえるかもしれないし、時に必要なことかもしれない。しかしな、少なからず俺は君に望まれるか、許されるまでは、手を出したりしないし、出したくもない」
拒絶というよりも、行き過ぎた行動をした子供を叱るような気持ちでアルノーは口にした。
アルノーがこう言えば、フィーネは、驚いて取り乱すだろうと思っていたが、彼女は小さくふっと息を吐いて、それから少し好戦的な瞳をアルノーへと向けた。
「それは何故? 私は望んでいる。その方が嬉しいと、はっきりと断言できるわ」
「? ……だから止めてくれ、痛ましい気持ちになる。君はまだそういったことを考えられるだけ安定していない、すべてが終わった後にでもきちんと話し合いをして祝言を挙げてからでもいいだろ」
まさか、言い返されるとは思っていなかったアルノーは、戸惑いながらも当たり前の事のように言った。
しかし、フィーネは、そうと決めたら頑固であり、それまでに積み上げてきた考えのパズルが後に引かせることもなく、やり遂げろと後ろから追い詰めるのだった。
それはまるで、崖から飛びおり自殺をするときに似ていた。使命感にも似た、考えすぎたゆえの完璧な、けれども極端すぎる思考がフィーネの行動を後押ししていて、前に一歩進むしかなくなっている。
「いいえ、そんなことないはずよ。だって私は、そんな風に思われるようなことを言っていないし、していないし、思っていない」
「なぜそこまで、頑なになる?……俺が白魔法を使ったことを怒っているのか、それは悪かったが、君は、考えていることがわかりづらい」
「それはいいのよ。お好きになさって、でもアルノー様は勘違いをしているわ、考えを読んだことが事実だと、その私の中にしかない感情を読み取った結果がどうして今正しいと思い込んでるの?」
「……は、?」
そんな当たり前のことを言われて、アルノーは彼女が何を言いたいのか理解ができなかった。
白魔法というのは相手の言語外の気持ちを知ることができる便利な魔法であり、それが信じられないような答えを出す時だってあるが正しく無かったことなどない。
それをまるで間違ってるとでも言いたげなフィーネは、笑顔を浮かべるのをやめて、なにも思っていないような真顔で、アルノーに続ける。
「心の中で思っていること感情がすべて正しい事じゃないわ。私が何を考えていたって、言ったことや、やったことを後悔していたって、やるべきだと思ってやっているのは事実でしょう? 心の中とは違う事を言っていても正しくないわけではない。行動には必ず考えが伴っている。例えば長期的な考えがそこにはあったりするのよ」
アルノーはフィーネの語り口を止めて一旦落ち着こうと言いたかった。
しかし、落ち着いているようには見えるのだ、でも心を読むと口に出している以上にぐるぐる考え事をしていて、暴走気味に思えた。
なので、止めるべきかと思ったが、一応はその主張を最後まで聞いてやろうと、考えを読むのをやめて話を聞く。
「勉強が好きではない子でもその時は嫌だと思いながら勉強をするでしょう?それをその子が苦痛に思っているからとその時の気持ちだけを読んで止めるというの?それはどう考えても正しい行為とはいえないのではないの?」
ペラペラと喋る彼女は、早口にまくしたてるでもなく、聞き取りづらいということもなく、何かの会議の時の物事を説明する役割の司会のような口調で続けるのだった。
とりあえず長くなってきたのでワインを傾けて、口を潤し耳を傾けたが、とにかく話が長い、よくもまあこんなにペラペラと次から次に言葉が出てくるものである。
「どうして、私は長期的に見てそうするべきだと思ったからやっていることをそうして、中身だけ見て正しさを振りかざして良くないと決めつけるの?正しさとは人に寄るわ、それに多くの場合は、外に出していない感情は無いのと同じとして扱われるものなのよ。だから━━━
アルノーが口を挟まずに、講義でも聞いているような、気持ちできいていると、フィーネは内心で思っていることと、出した行動についての関係性ついて語りだした。
フィーネの事をこんな可愛らしい家庭教師がいたら皆、勉強が得意になるのだろうなと、見当違いの事を考えながら眺めていると、やっと言葉が途切れ始めて「つまり」と、まとめに入ったので改めてアルノーは何が言いたかったのか聞いた。
「……読まれていることは想定しているわ。それでも、私の行動だけしか見ていないふりをして欲しいし、思っていることと違う事をしいている私を誰も咎める筋合いがないわ」
はたから見てフィーネが望んでいるように見えるような行動をとっていれば、それでいいではないかと、そう言っているのだろうなとアルノーは納得して、同時にそんな自分の事しか考えていない人間に見えているのかと少し悲しくなった。
なぜならアルノーには、誰からどう見られるかなど問題ではなく、一番重要なのはフィーネからどう見えているのかだった。
だから、フィーネが内心で怖がっていて、気持ちが焦っていることはアルノーにとっては彼女の言う、正しいとか正しくないとかの問題の前に、最重要視すると決まっているのだ。見て見ぬふりなどできるはずもなく、する気もない。
「……重要なところがずれているな」
フィーネの理屈を聞いてもやっぱりそう思うだけで、抱こうとは微塵も思わなかった。彼女は焦っている、正常ではない。こういう時に大人である自分が余裕をもって接してやるべきだろう。
しかし、フィーネは、そのズレが何なのかわからなくて自身でも驚くくらいムキになった。
「……わからないわ。なにが間違っているのか、わからない。貴方は私を欲しいのでしょう?私は私で、それに応えられたら安心する。そういう話ではないの?」
「違うな。……君は安堵はしても、それ以上に嫌な思いをする。俺はそれを看過できない」
「それを顔にも出さないし言いもしない、それなら、思ってないと同じなのよ」
言っても聞く気はないらしく、フィーネは頑なだった。アルノーはそれはそれで別に良かった。だって、自ら迫ってくる度胸はなさそうだったし。それに、そんなになんとしても抱かれようと言葉を言い募る姿は、きっとこれから先に滅多に見られないだろうし、可愛いなと思う。
しかし、アルノーの頭に妙案が思い浮かんで、ついでに、少し屁理屈が過ぎるフィーネに、今後こんな風に考えてとんでもない行動を起こさないように、軽く灸をすえてやろうかなと思いテーブルを立った。