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暴走 5




 少し冷えそうな肩を出したワンピースにアルノーは彼女の前では優しい顔をしていようと心がけているのに、思わずググっと眉間にしわを寄せてしまった。


 だって、ついさっきフィーネがあまり、余裕をもって考えられる状況になく、アルノーに頼るしかなく、どうしようもなくなってアルノーに娶られることを決意してしまった可能性を見出してしまったところだったのだ。


「お酒……私もお付き合い出来たらいいのだけど」


 そう言いながらアルノーの空いたグラスに、ワインボトルを傾ける彼女の姿は、前に会った時よりも数段輝いて見えてしまい、アルノーは頭をかかえたくなった。


 本当は睦言を浴びせて、美しい愛してると甘ったるい言葉を山ほど言いたかったのだが、そんな、甘い事を考えられる状況になさそうなフィーネにアルノーはワインを注いでもらいながら一つ、今聞いてもおかしくない質問を思いついた。


 フィーネが無理をしている可能性なんて、まったく無視してしまいたかったが、アルノーはフィーネの事を心の底から愛しているのでそんな自己満足をしたくはなかった。


「構わない。これから人生を共にするのだ、酒なんて、飲めるようになってから酌み交わせばいい」

「……そうですね」


 しっとりとそう言って、嬉しそうに笑っているフィーネの表情を嘘だと思いたくはなかったが、仕方がない。積もる話もあるし、本当はどういう意図で父や母と仲良くしてくれているのかなど、ほかに聞きたいことは山ほどあったが、神妙な顔を作ってアルノーはフィーネに問いかけた。


「フィーネ、一つ聞いておきたいことがあるんだが……良いか?」

「なんでしょう?」

「……君が平気そうな手前、掘り返すのはどうかと思ったのだが……魔物の襲撃あってから何か困った事はないか?あんな状況にあったんだ、何事もなく平時と同じように過ごせているとは思っていない」


 唐突な話題になってしまったが、手紙でのやり取りはしていても、あれ以来、会ったのは初めての事だ、時間がたったからこそ聞けることだと思う。


 それに、困っているのなら本来は心配すべきことだが、素直にそう言ってくれるのであればアルノーだって、忘れさせるために色々な工夫をすることもできる。


 アルノーがこの質問で見ていたのは、彼女がそれをどうとらえているかだ。おとりにされて死の淵まで追い詰められた彼女は、それを、恐ろしく、もう二度と味わいたくない非日常であると思っているのか、それとも……。


「怖い思いをしただろう、俺にできる配慮もあると思うんだ」


 それとも、日常的に今でも続いている悪夢のような日々なのか。そうだとしたら、アルノーの甘ったるいフィーネに対する気持ちなんて、それを精査して受け入れるなんてことは出来るわけがない。だからアルノーはそんな質問をした。


 しかし、フィーネは普通に心配されているだけだと思ったので、やや演技がかった仕草で少し困ったように頬に手を添えて「そうですね」と考えてから、完璧な笑顔を浮かべた。


「実は少し怖い夢を見たりしたのだけど、その程度だから、心配しないでください」


 少しは困っているようなことを言っているが、全部が嘘ではないが、嘘が多いのだとアルノーは流石にわかった。彼女はわりと嘘つきだ。もしくは言ってない言葉が多い。


 フィーネが当たり前に綻びの一つもなくて、流石にアルノーだって家族と仲良くしていた彼女を見た時、同様に出来すぎていると思ったのだ。だから嫌がられるとわかっていても、彼女の心を読んだ。


『そう、あんな程度で止まっているわけにはいかないのよ。確かに怖かったけれど、怖い夢だってまだ見るけれど、やるべきことがあるのよ。とりあえず今は、アルノー様に与えられたものに見合うだけの価値を示さなければ』

 

 心底、嬉しくて笑顔を見せているのだと、そう思える表情をしているのに読み取った言葉も感情もまったく別の形をしていて、がっくりというかびっくりした。


 フィーネは欠落人間と言われるぐらいには表情に感情が伴わない、笑顔を浮かべていようと思えば、そのままそうしてられるし、基本的にはいつだかカミルに指摘されたように、中身の伴わない笑顔か真顔ぐらいしか表情のレパートリーがない。


 なのできちんと彼女と向き合って、どんな考え方をしているのかや、彼女の人となりを考えようとすると違和感に気が付くことができる。


 それはまるで仮面をかぶっているように完璧で、完璧すぎて、嘘っぽい。そしてやっぱり嘘らしい。しかしアルノーが見た、ヴィリーに向けている笑顔の方は、どこか普通でありきたりで、あっちが本当の顔なのだろうか、とまた弟に対するイラつきが浮上してきたが今はそれどころではない。


 心の声ではなく、口に出した方の声にアルノーはとりあえず答えて会話を続ける。


「それならいいんだ。いつでも、困ったことがあったら言ってほしい。屋敷での生活はどうだ?」

「それはもう楽しくて不思議な心地だわ。アルノー様には私のための屋敷まで用意してもらえて、ローベルト様やエリーゼ様もお優しくて良くしてくださってますもの」

「ヴィリーとも仲が良いみたいだな」

「そう見えますか?ふふっ、嬉しい。私、子供が好きなの、姉さまなんて呼ばれるともう可愛くて」

「なるほど……それであれほど嬉しそうだったのか」


 普通に話をしている間もアルノーはフィーネの心を読み続けた。彼女はこんなにすらすらと話をしているのに、心の中で焦燥感に駆られて、不安で堪らないという感情を持っていた。


 もはや別の誰かの感情を読んでしまっているのではないかと思うほどであり、ちぐはぐしていてアルノーはせっかく瞳を伏せて白魔法を使っていることがバレないようにしているのに動揺してしまいそうだった。


「家族ってやはり良いものですね、アルノー様」


 その言葉に、アルノーの笑顔は流石に引きつった。だって、フィーネが心の中で『私の手には入れられない暖かさだから、余計に』と呟くように言って、悲しくて寂しい冷たい気持ちが流れ込んでくる。





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