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暴走 4




 それから、彼女について考えた。本当は本でも読んでゆったりと待っている感じを演出したかったが、アルコールが回っていると活字を追うのが難しかった。


 自分の計画性のなさを恥じつつ、どういった距離感が適切なのかと、ワインを揺らしながら考える。


 ……フィーネは分かっているんだよな?俺の気持ちを。


 そして答えるつもりがなければ、あんなにずっとアルノーの送ったクローバーの髪飾りをつけているわけもないはずだし、アルノーの元に来るのだって嫌がったはずだ。


 もし、渋々そうしているのだとしたらアルノーの部屋にわざわざ来るなんて言うはずがない。


 そう思うのが自然であって、久しぶりに会った時のフォルクハルトの非道も水に流してくれたと思ってもいいと思う。


 ……フォルクといえば、あんな奴のやった事よりも、フィーネは恐ろしい目に合っているはずだよな?


 普通は、死の直前を体験した人間というのは総じて、何かしら心に傷を負うことが多い。それで、騎士を止めて事務仕事につく人間を何人も見たことがある。


 一見、何でもないような顔をしていても、ふとした時に痛んで苦しくなる心の傷。それをあの場に居合わせたアルノーとともにいることよって、思い出したりしてしまわないだろうか。


 それに、彼女はあのカミルという少年が言っていたように、自分を騙して尊厳を奪おうとしていた人間が今までフィアンセだったことをどう思っているのだろうか。


 幼い日の失恋から、ずっとフィーネに関する情報について仕入れないようにしてたアルノーだったが、あれ以来は、できる限りでフィーネの事を調べた。


 幼いアルノーを助けてくれたあのパーティーのあと、彼女の母親はまったく社交界に出てこなくなった事、ここ数年の間に戻ってきた事、しかしこれは良く調べてみるとどうやら怪しいようだった。


 彼女の母親の身内に当たる人物は、もともと数が少なく、今では後継者がいなくなり取りつぶされている調和師の家系の出身だった。だから、戻ってきたその女性が果たして本物のフィーネの母親であるかは、フィーネの事を庇わなかったり、妹の方を野放しにしている点からしても簡単に想像ができる。


 しかし、王族が加担しているからと言って、別人を成り代わせるのを何も言わずに受け入れている貴族連中にも呆れてしまう。


 けれどもそちらが成り代わってしまえば、フィーネが庶子として扱いを受けるのも納得がいく。フィーネの腹違いの妹はフィーネとは似ても似つかない容姿をしていた。


 きっとフィーネも、その妹も、母親似で母親の立場がすり替えられてしまえば、言い逃れができないようになっているのだろう。


 だからこそ、調和師の力を保証してフィーネを保護することができるアルノーの元を頼ったのだと、彼女の行動にも納得がいく。


 ……しかし、そうなってしまうと……フィーネは、母親をすでに幼い時に失くし、妹や妾のいる屋敷で育ち、父親も彼女を庇わずに生きてきた、ということになる。


 ……? しかし、あの時はフィーネしかタールベルク邸にいなかったな。


 その時の彼女の言い分を思い出してみる。たしか、彼女は父は仕事で王都へ、妹や妾は襲撃があったため逃げたと言っていた。


 普段からフィーネはあの屋敷で一人で暮らしているわけではない、妾と妹共に暮らしているはずだ。


 そして、魔物の襲撃があってから平民の二人は逃げた。


 基本的に魔力に寄ってくる魔物から逃げるべきなのは、貴族であるフィーネであるべきだ。それが暖炉の隠し通路に閉じこもって逃げずに屋敷にとどまっていた。


 ……おとりにでもされたのか。あの化け物を相手に、鬼畜の所業としか言いようがないな。


 まま、あり得ることだったので、アルノーは簡単に答えを出すことができた。そして同時に妹たちの事を決して悪く言わなかったフィーネは、そういう事が起こりうる生活を強いられていたことになる。


 考えれば考えるほど、彼女の生育環境が異常なことに気が付いて、ぞっとする。そして、まったく自分から見ても頼れる相手がいない状況で、あれだけ普通に、あれだけ健全に生きている。


 それはどこか異常なことではないのか、そんな風に思えてきて、ことさら、アルノーに見放されてしまえばフィーネはまったく後がないのだという事をありありと理解してしまった。


 それでも、彼女の行動からして、アルノーの事を受け入れているはずだと断言できるのか、それはあまりにも、希望的観測が過ぎるようなそんな気がした。


 考えている間に、随分時間がたっていたのか、客室の扉を控えめにノックする音が聞こえてきた。


「……入ってくれ」


 そう言えば、ガチャと扉が開いて、露出の多いワンピースを着て薄くナチュラルな印象の化粧をしているフィーネがおずおずと顔を出した。


「お邪魔します。アルノー様。……こんばんわ」


 少し緊張しているらしい彼女は、アルノーと目を合わさずに言い、アルノーも硬い声で「お、おう。こんばんわ」とらしくない返事を返した。フィーネはきっちり扉を閉めて入ってきて、ワインを飲んでいるアルノーの対面側に座った。





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