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暴走 2




 迎えに来させて専用の馬車で帰ることもできたが、そんな移動の快適さなんかよりも、フィーネに早く会いたい気持ちの方が先行して、王都で乗りあいの馬車に乗り込みディースブルグへの道程をガタゴトと進んでいた。


 屋敷にフィーネを迎え入れてからすでに一週間以上経過している。


 そんな間にフィーネから来た手紙は二通、どちらもお礼であり、片方は快く受け入れてくれたことへのお礼、もう片方は、ドレスやアクセサリー類のお礼だった。


 とても丁寧で読みやすい文字で書かれていて、この字が彼女自身を現すようだとアルノーは惚れ惚れして、手紙の文字をなぞった。それにこれほど喜んで、手紙を送ってくるほどに気に入ってくれたのなら別館をわざわざ一つ開けて彼女にプレゼントした甲斐があった。


 あれなら、アルノーがいない間はあの中で生活して、帰宅してからフィーネと話を合わせて二人で両親へと挨拶をすればいい。それならフィーネの負担も少ないはずだ。


 しかし、手紙の『与えられたものに添えるだけの努力をしてお待ちしております』という文言の意味だけが謎だった。ポジティブにとらえるのなら、アルノーのために着飾って待っていてくれるとかそういった意味あいだと思うのだ。


 ドレスのお礼の手紙なのだからそうであるべきだろう。しかし、どうにもそんな風に思えなくて、考えを巡らせながら、早くつかないかと馬車の行く先を見据えた。

 

 屋敷に到着したのは午前の事であり、本邸の自分の部屋ではなく、フィーネに与えた別邸へと向かった。しかし、そこにはフィーネの姿はなく、侍女頭のアデーレが対応した。


「フィーネお嬢様は本日、午前中は奥方様とともに街へと買い物に向かわれております」


 と急に帰ってきてフィーネはどこかと問いかけてきた久方ぶりの主の姿に、アデーレはこれほど焦っているのであれば、午後の予定も教えておいた方がいいだろうと思い付け加える。


「午後には、ヴィリー様と密会の予定がありまして、夕食前には切り上げ、旦那様と街道の税関システムについての現地調査がご予定に入っております」

「……か、彼女は夕食になれば戻ってくるのか?」

「いいえ、夕食は本館でヴィリー坊ちゃん、奥方様、旦那様とお召し上がりになりますのでこちらには戻っていらっしゃいません」

「では、夕食すぎという事か?」

「大変申し上げにくいのですが、アルノー様。夕食ののちには、奥方様と嫁入り修行についての勉強会があるようです」

「…………何故、嫁入り先で嫁入り修行を勉強するのだ」

「フィーネお嬢様のご希望だそうです。勉強会とは申しますが、妻としての心得を教授頂いているのみだそうでして、奥方様は大変喜ばれております」

「……」


 ぎっちりと詰まった予定にアルノーはクラっとした。これはきっと母の暴走だろうと思ったからだ。それに父親にはやはり何やら仕事に付き合わされているようだし、弟については、何故密会なのかもわからない。


 しかし、そんなアルノーの大切なフィーネを馬車馬のように働かせるなど言語道断。そうは思うのだが、それをどこに訴えるにしても、フィーネは予定が詰まっていて忙しそうだし、母親だけを糾弾すると確実に怒り出す。


 父親の方に文句をいうと、いつの間にか言いくるめられてしまう。


「本館の晩餐会に参加するのであれば、私の方から連絡を入れておきますがいかかがなさいますでしょうか?」


 結局は、そこに参加する事が彼女に一番早く会えるような気がして、アルノーは頭を抱えながら、昔から世話になりっぱなしで頭の上がらない侍女頭のアデーレにうなだれながら「頼む」と短く言うのだった。


 少し砕けた優し気な笑顔を浮かべて、子供のころには良く叱って躾けてくれた、その声でアデーレは「かしこまりました」と丁寧に言う。


「……遅くなりましたが、坊ちゃんお帰りなさいませ、従者一同お待ちしておりしたよ」

「坊ちゃんはやめてくれ、アデーレ」

「失敬、随分ご立派になられたと思っていましたが、まだまだ、女性には弱くていらっしゃる。フィーネお嬢様もアルノー様を翻弄している自覚はなさそうですね」


 親のようなことを言うアデーレにアルノーは少し気恥しく思いながらエントランスから移動して客間と通された。ここは彼女に与えた館なのだから当然の事として受け入れ、それと同時に、もし無事に結婚出来たら二人の住まいとなる場所を新たに建てるのも夢があっていいなと考えた。


 それから、そばに控えて紅茶を淹れているアデーレへと視線を移した。


「彼女はここではどう過ごしている、というか、俺が戻るまではここで過ごせるように整えてあったはずなのだが……」


 腑に落ちない事を口に出すとアデーレが、丁寧な仕草でティーカップをアルノーの前に置いた。


「そのようでしたが、フィーネお嬢様は自ら奥方様、旦那様への挨拶におもむき、積極的に交流を持っているようです」

「……何故だ?普通は、嫌ではないのか?アデーレ」

「さあ、私には分かりかねますね……」


 アデーレも分からないとなるとアルノーにだってそう簡単に理解できるとは思えなかった。だって、フィーネとは大昔に一度、それから先日に少し会話をしたことがあるだけでアルノーはフィーネの事を深くは知らなかった。

 

 同性でここ一週間、彼女の事を見てきたアデーレが分からないのであれば、彼女の考えていることを知るすべは、もう本人に聞く以外はないと思う。


 難しい顔をしてアルノーが悩んでいると、アデーレは静かに付け加える。


「しかしながら、これは私の感想なのですが……」

「! 構わない教えてくれ」

「フィーネお嬢様はとても好意的に皆さんと接していらっしゃいます。ですが、その分、あまり休まれているところを見ませんね。側仕えたちも心配しているくらいには働き者で忙しい方のようです」


 アデーレは、がんがんやることを進める素晴らしく働き者のフィーネの事を良い嫁だと思っていたし、それはけっして悪い事ではなかったが、可愛い坊ちゃんが、義両親にも良く気に入られているフィーネと上手くやれるようささやかなアドバイスを口にする。


「新しい環境に、張り切りすぎているのかもしれません、時には癒しの時間を与えるのも伴侶の務めではございませんか?」

「……なるほど」


 素直に聞くアルノーにアデーレは、この子はこの子でよい夫になるだろうと期待しながら、普通は癒しの時間を与えるのは妻側が多いことはあえて言わずに、思案するアルノーを見つめた。


 その後に、フィーネの事を屋敷のありとあらゆる使用人に聞いて回るアルノーの姿を見て、なんだが少し夫婦のバランスがおかしいような気もしたし、まだまだ坊ちゃんは坊ちゃんだと思い直して、もう少し女性関係を学ばせる機会を与えた方がよかったのではないかと、エリーゼに対して思うのだった。






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