暴走 1
週末の休みがつぶれ次の週に帰省がずれ込み、さらにはその休みも危うくなると聞いてアルノーは何の躊躇もなく、フォルクハルトを連れて、対魔物を得意とする精霊騎士と魔術師をまとめる魔術師協会の王都本部へと乗り込み、椅子に座ってふんぞり返っているだけの上役共に休暇の申請の書類に判子をつかせた。
フォルクハルトを連れて行ったのは、脅しだった。フォルクハルトとアルノーは精霊騎士団のなかでも実力がトップ1と2であり、そんな二人がこの場で暴れたらどれほどの被害が出るかわかっているなという脅しだ。
とくにフォルクハルトは相手が人間だろうが魔物だろうが関係なく切ったり殴ったり殺したりすることが好きなので、若干常識的であり、舐められているアルノーの本気度を示すには都合の良い人物だった。
それに、そろそろフォルクハルトもいい加減、愛しのローザリンデに会いたいころ合いのはずだったので、丁度いいだろうと思ったのだ。
申請した書類を騎士団の団長に提出して、アルノーは簡単に荷物を纏めて精霊騎士団の詰め所を出るための準備をした。
相部屋のフォルクハルトは、そんなに余裕のないアルノーを珍しく思って、今、揶揄ったら本気の戦いができそうでワクワクしていたけれど、そんなことをしてローザリンデに会いに行くことのできる休暇をアルノーがもぎ取ってきたのに、怪我したまま過ごすのは勿体ないと考え直した。
「アルノー様はフィーネがいるからそんなに帰りたいんだっけ?」
「……様をつけろ。君より上位の存在だ」
「ええ~?でも俺、自分より強い相手しか敬いたくないんだけどぉ」
「なら、話に出すな。でなければ俺が君の無礼に目をつむってやる道理はない」
「じゃ~名前呼ばない」
様ぐらいつけて読んだって、さほど面倒ではないはずなのにフォルクハルトは敬えない相手の事は呼ばない事にして話を戻す。
「それで、アルノー様はあの子が自分のお屋敷に入ったからこ~んな忙しい時期に、無理矢理休みを取ったの?」
「そうだ。ただでさえ俺がいなくて肩身の狭い思いをさせているはずなのに、こんなに休みがずれて、あの子に愛想をつかされたらかなわん。母上はフィーネのことを知っているからいいとして、ヴィリーに何か吹き込んだりする人間がいないとも限らないし、父上は合理的すぎる節がある。フィーネを何かしら利用するかもしれない」
「嫁さんを迎えるって大変だなぁ~」
「そういうものだ。こういう大切な時に妻になる女性をないがしろにしてみろ、きっと一生恨まれる」
「でも、俺は婿に行くから気楽~」
フォルクハルトはベットに倒れこんで、そんな面倒な事をよくやろうと思えるなと、若干馬鹿にした気持ちで、荷物を持って剣を携えるアルノーを見た。
少し前まで、フォルクハルトと同じで、まったく人間になんて興味がないような顔をしていたのに、この献身っぷりはなんだろう。それだけフィーネに魅力があるからなのか、元来アルノーがこういう性格なのかは、普段から太刀筋がきれいか、強そうか、戦えるかという点でしか人間を見ていないフォルクハルトにわかるわけもなかった。
「君が気楽かどうかは相手次第だろ、普通はそうして気遣いをしてもらえるかうまくやっていけるかと、気を揉むものだ」
「あははっ、俺、普通じゃないから、気楽だってことだよアルノー様」
「……そうだな。君には一生分からないんだろうな」
呆れたように言うアルノーにフォルクハルトも、自分のフィアンセの事を思い浮かべて会いたくなった。確かに常人から離れてしまってはいるが、フォルクハルトにだって愛する人がいて、その人の機嫌を取りたくて仕方がないのだ。
家族がどうとか、肩身がどうとか、そういったことが分からないだけでフォルクハルトにも、とにかく会いに行きたい気持ちは理解できる。
出発の準備を整えるアルノーとともにフォルクハルトは討伐に出かけるときと同じように携帯食料と、現金それから大剣だけ持って、大きなトランクをもって部屋を出るアルノーの後ろについていった。
「俺も、町まで一緒にいくかなぁ~」
「なんだ、やっぱり会いに行くのか?」
「ま、ローザに忘れられたら困るし、魔物の襲撃なんて無視していくぞぉ~」
「おい、そういうことを言うな。気まずいだろ」
ゴンっとフォルクハルトの頭を小突いてアルノーは怖い顔をさらに怖くして、詰め所の廊下を歩いた。フォルクハルトはゴキゲンにふらふらとその後ろをついていく。
そんな二人に絡む輩は流石におらず、あっさりと出発するのだった。