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新しい居場所 5




 爵位の第二継承者であるヴィリーの心情は、荒れに荒れていた。なんせ、妻は娶らないだろう、正当な世継ぎを作ることもできない、欠陥品だと言われていた兄のアルノーが急に婚約も飛ばして嫁を迎えることになったのだ。


 ヴィリーはそのお嫁さんになるフィーネという令嬢に会ったこともなかったし、このディースブルク辺境伯邸に突然やってきて家族として我が顔で闊歩しているなんて許せなかった。


 なにより、その女の人が立派な男の子を産んだりしたらヴィリーは、”用済み”きっと誰からも愛されることなく、ひっそりとこの領地のなかで大人になって、その産まれた男の子の事をうらやましく思いながら生きていくのだと、側仕えに言われたのだ。


 その最近は入ったばかりの側仕えはディーターといい大人にナイショでヴィリーにお菓子や休憩をくれるのでとてもいいやつだとヴィリーは思っていたし、そんな彼の言う事には説得力があるのだと子供らしく考えていた。


 十歳という節目の歳を過ぎたのだからと母親のエリーゼがいる別邸から四つあるうちの三つ目の館へと移ったが、まだまだヴィリーは悪い大人という物がどうやって子供の信頼を得るのか知らなかった。


 だから、兄のお嫁さんのことをヴィリーは何とかしてこのディースブル辺境伯家当主のローベルトお父さまとエリーゼお母さまが嫌いになるように様様な手を尽くしてやるのだと思いながら本館のダイニングルームへと向かったのだった。


「あらヴィリー、遅かったのね、もう貴方のお姉さまがいらしてますよ」


 扉を開くとすぐにエリーゼがヴィリーに声を掛けた。


 兄に近づく女性をことごとく毛嫌いするエリーゼだったので、てっきりヴィリーの味方になってくれると思っていた母親が、すでに兄さまのお嫁さんに取り込まれている様だった。


 ヴィリーは出陣してすぐに致命的な攻撃を受けたのか、と最近始まった剣術の訓練で行っている戦争ごっこのようにたとえて、宿敵となるお嫁さんの事を探した。


「フィーネちゃんこの子がヴィリー、アルノーによく似ているでしょう?あ、あとローベルト様にも」

「ふふっ、ええ本当に、父親似は家系なんでしょうか」

「そうかもしれないわ。ヴィリーも剣の才能があると既に言われているから」

「まぁ、すごい。ヴィリー。……私はフィーネ・タールベルクです。よろしくお願いします」


 母とテーブル越しに話していた女性は席をたってフィーネと名乗った。わざわざ、ヴィリーのためにドレスの裾をつまみ上げてお辞儀をする。


 ……あれ???ディーターが言っていたのと全然違うぞ??僕の事をないがしろにしてくるんじゃなかったのかな??


 ヴィリーは混乱から首をかしげて、フィーネを見上げた。ディーターの話では、もっと図太くて、たくましくて、嫌な奴だと聞いていたのにおかしい。


 それもそのはず、ディーターは自分が側仕えとなれたヴィリーをどうにか出世させて良いポストにつかせ、あわよくばその恩恵にあやかろうとしているただの野望たっぷりな人物だった。

 

 だからまあ割と適当にヴィリーにとって将来の出世を奪う女を打倒しようとたきつける様なことを言っただけである。


 フィーネの事も事情も知らないディーターは、とにかく嫌な女だとヴィリーに思わせたかっただけなのだ。


「どうかしましたか?」

「……な、何でもない。よろしくお願いします。フィーネ……姉さま」


 混乱していても貴族の子供、ヴィリーはぽかんとしたままフィーネにそう言った。すると、フィーネはヴィリーにしか表情が見えない位置で、ぐっと顔を歪めて、途端に泣き出しそうになったのだ。


「!」


 まだ何もしていないのに、お嫁さん改めフィーネを討伐してしまったことに、なんと僕は有能なのだろう!と思うけれどすぐにそんな面白おかしい気持ちは冷めて、どうしてだか泣きそうなフィーネをここにいない兄の代わりに慰めてあげるべきか悩んだ。


 しかし、一秒悩んだだけでフィーネの表情は笑顔に戻っていて、手品でも使ったのかと、そうでもなければきっと仮面をかぶっているのだと、思った。


「姉と呼んでくれるのですね。嬉しいわヴィリー」


 緩く微笑むその表情に、ヴィリーは危うく惚れてしまいそうだった。


 落ち着いたワイン色のドレスに、目元にきらめくジワリと血がにじんだような赤色。白い肌が血色良く色づいていて、自信のなさそうなまなざしが庇護欲を掻き立てる。


 柔らかそうな、細くて色素の薄い落ち葉色をしている髪は、複雑に編み込まれて横に流されている。項を彩る後れ毛がはらはらと落ちる瞬間から目が離せなかった。


「さあ座って今日はお祝いよ。フィーネちゃんがこの屋敷に来てくれたのだもの、ローベルト様」

「ああ、そうだな。アルノーが仕事で忙しく顔が出せないのが残念だが週末には帰ってくると言っていた、そのころにはまた些細な宴でも開こう」

「ありがとうございます。ローベルト様、エリーゼ様」


 お礼を言いながら席に着くフィーネを目で追いながら、ヴィリーも自分の子供用の椅子が用意されているエリーゼの隣へと座った。乾杯をして始まる晩餐はいつもより豪勢なものが用意されていて、エリーゼとローベルトと大人の会話をするフィーネをヴィリーは好物をもりもり食べながら観察した。


「こうして息子の嫁と晩餐を囲める日がこようとは、なんとも感慨深いな」

「そうねぇ、でもわたくしはいつかこうなると思っていたのよ。ローベルト様、あの子にふさわしいのはフィーネちゃん以外いないと思ってましたもの」

「君はいつもあの日の感動を話していたからな。たしかに、こんな素敵なお嬢さんであれば納得だ」

「そうでしょう?」


 いつもより、数段機嫌のよい母に、ヴィリーはこのフィーネと言う人物はよほど両親に好かれる理由があるらしいと考えて、それが何なのか考えるが答えは出ない。






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