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新しい居場所 1

 


 フィーネはカミルがいなくなったこと、それから出発前のロミーの発言、夜じゅうの移動、それに加えて自分に与えられた大きな別館。


 すべての要素がフィーネの考えすぎてしまう性質に多大なるストレスと負担をかけて、過度の緊張状態に陥っていた。


 考え事はいつもよりも飛躍し、考えた内容をさらに一人で考え直すために、思考を加速させて、とにかく与えられたものに見合う自分にならなければと普段の三割増し突飛になっていた。


 しかし、フィーネは常識を欠いている部分はあれども、普通に沢山の知識を知っていて頭もよい。そのため、自己満足な謝罪をしたロミーにきちんと許しの言葉を言ったし、カミルともお別れをすることができた。


 大きな屋敷にわめきたてることもなく、ただ、少し疲れから混乱しているように見える程度の反応しかしなかった。


 部屋で休むように言われればそれを受け入れて、休む……というか情報をひたすらにインプットしていたのだか、それはさておき、短い仮眠をとって夕食のころには、部屋にはフィーネ私物であるお気に入りの花瓶が置かれ、愛用の文具たちも執務室の机に並んでいた。


 いつもよりも多く忙しなくフィーネは思考をしていたが、部屋に運ばれてきた豪華で品数の多い夕食をもくもくと食べながら、タールベルクでは仕入れの数か少ない果実や、なじみのない食材をどのような流通ルートで運ばれてくるのか考えながら食事を終えた。


 デザートのころには、侍女頭のアデーレが顔を出し、何人かの侍女を後ろに引き連れていた。


「お食事はお口に会いましたでしょうか?フィーネお嬢様」


 長年、使用人業務についている者特有の、なんでも受け入れられるとばかりの優しい笑みにも、フィーネは同じくらい隙のない張り付けた笑顔で返す。


「とてもおいしかったわ。量が多くて少し残してしまってごめんなさいね」

「とんでもございません。嬉しいお言葉ありがとうございます、料理人にも伝えておきますね」

「ええ、とくにお肉料理の果実を使ったソースが美味しかったです」

「まあ、それはなによりです。より、フィーネお嬢様の好みに添えるよう、料理人も励むことでしょう」


 美味しかったものを具体的に伝えて、感想を言うのは、一皿一皿フィーネのために丹精に作った料理人に対するねぎらいと、侍女頭の言った通り、好みを把握してもらってあまり残すことが多くならないようにするためだ。


 お抱えの料理人というものが今までいなかったので、こういった配慮をしたことがなかったが割とスマートに意思表示できたことにフィーネは少し安心した。


 すると、アデーレは連れてきていた侍女たちを一列に並ばせて、笑い皺を深くして、フィーネに視線を送る。


「フィーネお嬢様、早速ですが、フィーネお嬢様の身の回りを世話する側仕えを二、三人指名してくださいませ。嫁入りには伴っていらっしゃることが多く、あまり嫁入り先で早急に決めることはない事ですが、今回は事情がありますから、フィーネお嬢様のお気持ちで、仮に選んでいただき、本格的には後日決める形が良いと思うのですが」


 横に並んだ侍女たちは全員で十人ほど、フィーネは側仕えを伴ってこないと、こう言った事態になるのかと実感した。


 見知らぬ仕事ぶりも分からない女性を数人選んで身の回りの事をやってもらうのには、やっぱり抵抗感があったが、しかし、無しというわけにはいかなないだろう。


 なんせフィーネは明日からバリバリ働くつもりなのだ、であれば身の回りを固めてくれる人間の存在は必須だ、早く選ぶに越したことは無い。


 フィーネが優柔不断だったり、わがままを言ったりすれば安定した生活を送れないのは、使用人たちだ。それでは、きっと、屋敷の雰囲気だって悪くなる。


 ……それは、嫌ね。一応は、私に与えられた場所なのだから。


 それにできるのなら、仮で決めるなんて面倒なことはせずに、早く生活を落ち着けるために、本決めしてしまいたいぐらいだった。なのでフィーネは、仕事ができそうかよりも、二人選んだ側仕えが仲良くやれそうかという点だけで選ぶことにした。


 仕事ができないというのは、沢山の問題があるだろうがたいていの場合は経験を積めばそれなりに仕えることができる。しかし、人間関係はどれだけ経験を積んでも合わない人間はいるし、それを強制することは難しい。


 であれば、あらかじめそちらを重視して選んでしまえばいいという論法だ。


「左から三番目と四番目の赤髪の二人、姉妹ですか?」

「はい、私がレナーテ、こちらがエレナです、お嬢様」

「……」


 フィーネの問いかけに、ハキハキと答えるレナーテに、レナーテに紹介されて慌てて頭を下げたエレナ。二人ともが持っている燃えるような赤毛が特に目を引く二人だった。


 姉妹なら、それなりにお互いの事を知っていてうまくやるだろう、なんてフィーネは自分の姉妹との関係を棚に置いてそう思った。


「では、アデーレ。レナーテとエレナを仮の側仕えとします」

「かしこまりました。二人ともきちんとフィーネお嬢様に使えるように」

「はい、かしこまりました」

「……っはい」

「では、フィーネお嬢様、湯浴みの準備を整えておきますので、いつでもお声掛けくださいませ。明日のご予定については、側仕えを通してくださっても構いませんし、このアデーレを呼び出してくださっても構いません、何なりとお申し付けください」


 そういうと、アデーレは恭しく頭を下げて、フィーネの部屋に連れてきた沢山の侍女を引きつれて出ていく。


 残されたフィーネと側仕えとなった二人はそれを見送ってから、静かになったお部屋で、向かい合ってまずはレナーテが深く頭を下げた。


 それから、エレナも習うようにして頭を下げる。


「お嬢様、まずは選んでいただいたことに感謝申し上げます。誠心誠意努めてまいりますので、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします」

「……ええ、よろしくお願いしますね」


 そんな二人を見て、フィーネは若干年下に見えるエレナの方が妹であり、そして姉の仕事ぶりを勉強しているところのなのかもしれないと、二人の関係性を観察しつつ、これで日常生活は普通に送ることができるな、とそれだけ安心した。


 しかし、フィーネは、それ以上の事を思う事をしたくなかった。この子たちにはこの子たちの事情があって、最低限仕事をするためには、努力もするが、それ以上のことはフィーネには関係ないしそれに、フィーネがどんな危機だろうと、見て見ぬふりだってするのだろう、と思った。


 ロミーには結婚という節目にアクセサリーを送ったりもしたし、彼女の私生活での話も聞いたりしていた。それはフィーネにとって、ロミーは特別な相手だったからだ。


 ……特別大切にしているけれど、相手にとっては特別でもなんでもないって思われてることが最近になって、多いと感じるのは何故かしら。


 不思議よね。


 ベティーナにもハンスにもロミーにとっても、別に私は大切でも、特別でもなかったのよ。


 そう考えると悲しくなってしまうから、フィーネ思考を打ち切って、目の前にいる二人の側仕えの事も、深く知ろうとは思わなかった。


「明日の予定ですけれど、ディースブルク辺境伯様夫妻にお目通りが叶うようでしたら挨拶を、それ以外は、とくに決めていません」

「かしこまりました、アデーレにご当主様たちの予定が空いているか確認するよう伝えておきます」

「よろしくお願いね。あ、それから便箋を用意してくれると助かります」


 フィーネはレナーテだけに用事を言いつけるのも、なんとなくバランスが悪いだろうと考えて、エレナの方に、お使い物を頼んで、食後の紅茶を飲んだ。


 仕事が出来そうで、とてもはきはきと話すレナーテと、おずおずと「わた、私が用意いたします」と口にするエレナの事をみて、ほんの少しだけ不安になった。


 レナーテは、髪をきっちりと纏めていて、まなざしも厳しいように感じる。一方エレナの方は、髪がくるくると天然パーマがかかっていて同じように一つにまとめているのに、印象が違って見える。


 おどおどしているエレナの事を見つめる瞳もどこか厳しくて、あまり好意的には見えない。それを、フィーネは知らないふりをして「ではよろしく頼みますね」と言ってまた、このディースブルク辺境伯領地の情報を頭に入れる作業に戻るのだった。






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