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謝罪 1





 フィーネとの秘密の会合を終えて、与えられている客間へと帰るマリアンネの後ろをカミルは姿をあらわさずにとことこと歩いていついていき、彼女が部屋に入るときには、お邪魔しまーすと一応心の中で言ってから部屋に入った。


 マリアンネは部屋に戻るやいなや、その場で立ち止まって、真っ暗闇の部屋の中で、ふらふらと左右に揺れた。フワフワと真っ白な純白のドレスは揺れて彼女の揺れに合わせて、ミルクティー色の柔らかな絹糸のような髪も揺らめく。


 カミルが彼女の正面に回ってみれば、マリアンネはその小さな口をにんまりと歪めて笑みを作っていた。恍惚としているような、うっとりとしているようななんとも言えないその表情に、うわぁと心の中で思う。


「んへへ、えへへへ、んっ」

『気持ち悪いなぁもう。あーあ、フィーネと会っちゃったよ』


 口に出して言うが、まだ彼女に聞こえるようにはしていない。しかし、こうなってしまえばどのタイミングで姿を現すべきか、分からない。


 マリアンネは、突っ立ったまま変な笑い声をあげつつも、両手で自らの頬を包み込み、舌なめずりをする。


「ん~、へへへ、ええ~?えへへっ」


 ……どうにかなんないのかな、この笑い方。


 止まらない笑い声にカミルは辛らつなことを思いつつも、相変わらずの彼女の姿に安心感を覚える。


 こちらで会うのは初めてで、変わってしまってはいないだろうかと心配していたが、この変な笑い声は変わっていてほしかったなと、矛盾した気持ちになった。


 ゴキゲンなマリアンネは、そのまま両手を滑らせて、手をするすると首筋、鎖骨、胸と下ろしていき最終的には、腹部のドレスのくびれの部分に巻いてあるリボンに手を伸ばす。


 ポケットがあるわけでもないその部分にマリアンネは鼻歌を歌いながら手を入れて、するりと、リボンの間に忍ばせていたハンカチーフにくるまれた小さなナイフを取り出す。


「……必要なかったかな?んへへぇ」


 いいながら、嬉しくてたまらないとばかりに笑顔を見せるマリアンネに、カミルは姿を現して、彼女をジト目で見つめた。


『君さー、気持ち悪いよ』

「! ……見てた?」

『見てた』

「声かけてよ、盗み見は性格悪い」

『部屋に入ったとたんにおかしくなったの君でしょ』

「いつもの事じゃん、お姉ちゃんと話しているときにも居たの?」

『居たよ、ずっと』

「さらに性格わるーい」

『どっちが、君の方が変だろ』


 そんな会話をしつつ、カミルの微かな光を反射してキラキラと輝く銀色のナイフをマリアンネは、つつっとその刀身に指を伝わせ、指が切れて血が小さな宝石のように指先にたまっていくのをうっとりと見つめる。


「……えへへっ」

『よしなよ。痛そう』

「んー?へへへっだってさ。お姉ちゃんがお姉ちゃんだったんだよ」

『はいはい』


 カミルはなんの躊躇もなくその手を取って、白魔法を使いながら切れた指先をひとなでする。そうすると小さな傷だったため簡単にその傷は消えて、マリアンネはそれをいつもの事だとスルーしながら、うっとりとした笑顔をカミルにも向けた。


「私のお姉ちゃん。本当に本当のお姉ちゃん。ちゃんとお姉ちゃんだった。お姉ちゃんじゃなかったら、仕方ないからいらないと思ってたけど、良かった、えへへ」

『……いらないって前に言ってたこと本当にやろうとしてたわけ?』

「そうだよ。だって、お姉ちゃんなのにそうじゃなかったら困っちゃうでしょ。だから仕方ないの」

『わっかんないな、いつまでたってもマリーの事。君もフィーネのやり直しについてくるって聞いて、なんか心境の変化ぐらいはあったのかなって思ったけど、変わってないねほんと』

「なにそれ、変な期待しないでよ。カミル。んへへ、まあ、久しぶり」

『……うん。久しぶり、マリー』


 そう答えると、マリアンネは急にカミルの方へと一歩進んで、チュッと軽く口づけた。カミルはそれも相変わらずの事として受け入れた。


 それからマリアンネがナイフをほっぽりなげて、ベットへとダイブするのを見送って、ナイフを拾ってからカミルもベットの淵に座った。ゴロンと寝返りを打って、仰向けになるマリアンネの髪を掬ってフィーネと似たような色合いの髪にすこし罪悪感を抱きながらも軽く口づける。


「…………はぁ、んへへっ、ふふふっ」


 いまだに嬉しさが抜けないとばかりに、声を上げて笑うマリアンネの事をカミルは、フィーネに害をなすかもしれない危険な人物だとわかっていつつも嫌いになれずに、それよりか少しの好意をもって彼女を見下ろした。


 暗闇の中、ぼんやりとしかマリアンネの事は見えないが、彼女はわかりやすく微笑んでいるので、表情は読み取れる。


 見慣れた姿より幼い、自分と同じ年頃のマリアンネは新鮮でもあったがその分、破滅的なその性分が際立って思えて、どこか不安定に映った。


「……」


 不意に無言になって感情が抜け落ちたとばかりに、真顔に戻る彼女に、やっと謎のハイテンションが抜けたかなと思いつつ、前の彼女の事を思い出した。


 彼女、マリアンネは、カミルの事を知っている数少ない人間の一人であり、カミルにとってフィーネとマリアンネの二人だけが友人と呼べる数少ない存在であった。


 やり直し前にカミルがマリアンネと出会ったのは、現国王であるヨーゼフが病床に倒れたという名目で表舞台から姿を消したあとである。


 実際には、ヨーゼフは、病ではなく転変を起こして公の場に出られなくなった、というのが正しい事実だ。


 そんなことが起こった時のために用意されていたのがマリアンネであり、テザーリア教団を入れて人々の信仰を変えるとという王族の考えに、異を唱えた調和師の家系のバルシュミューデ侯爵家を潰し、その子供だけを教団に入れた。


 つまり、王族の為だけに、母親を奪われその他、家族の愛情もなしに育てられたのがマリアンネであった。





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