本当の家族 7
「やっと会えた。私のお姉ちゃん」
言いながらマリアンネはフィーネに飛びつくように抱き着いて、その胸元に顔をうずめて、すりすりと頬擦りをする。突然の行動に、動けずにフィーネは胸に収まっているマリアンネの発言を頭の中で復唱する。
……私の……お姉ちゃん????
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私ったら、兄弟がいたの?
『違うよ。勘違いしてるとこ悪いけど、その子、君のお母さまの妹の娘、つまり従妹!』
フィーネの思考にカミルが早々に、事実を伝える。フィーネの中でベティーナと同列に可愛い妹がもう一人増えてしまうところだったが、なんとかぎりぎりで親戚の子という立ち位置に収めることができる。
血が近いと感じていただけあって、紛らわしい事を言われると勘違いの元になる。とにかく訂正しておいた方がいいだろう。そう考えて、フィーネは口を開く。
「私、同母の兄弟はいないわ。貴方の姉ではないのよ?」
「従妹のお姉ちゃんって意味ならお姉ちゃんって呼んでいい?」
すぐにそう切り返されると特に、不都合も思いつかなかったので、「別に構わないけど」と口を突いて出る。その答えを聞いて、カミルと同じぐらいのサイズ感のマリアンネは嬉しさからか、さらにフィーネをきつく抱きしめる。
「……はぁ、これがお姉ちゃんか、あったかい」
心底安心したような声が、胸元から聞こえてきてそう言えば、今日がマリアンネとは初対面であり、彼女とはまったく面識がなかったはずなのに、この距離感は流石におかしいのではと、フィーネはやっと思い至った。
しかし、姉と慕って甘えてくる子を引きはがすようなことは出来ずに、そのまま、マリアンネに聞くことにする。
「私たち、今日が初対面でしょう?なにか、距離が近すぎない」
「そんなことないよ。私、人生で一度も血縁に会ったことがなかったんだ。だから、血のつながった人に会ったら、こうしたいって思ってたんだ」
「……それは……そうなの」
どうしてそんな事態になっているのか、聞きたくなったが、抱きしめてくる少女の心臓の音が、フィーネにも胸を通して伝わってくるほどに早く高鳴っていて落ち着くまでは聞くのはやめることにして、家族や血縁のつながりが欲しいのならと、頭を撫でてやった。
実際、妹であるベティーナとはこういった触れ合いは無い。それによくよく考えると、フィーネが姉らしく振舞えるのはカミルに対してくらいだ。しかしカミルとは血も繋がっていないし、仲はいいが関係性は曖昧だ。
……そう考えると正当に姉ぶる事ができるマリアンネの存在は貴重な気がする。
『君って姉らしく振舞いたかったの?お姉ちゃんって僕も呼ぼうか?』
……それは、それで嬉しいけれど。恥ずかしいから考えをのぞかないでよ。
『嬉しいんだ……おっけー黙ってるね。フィーネお姉ちゃん』
……揶揄わないでよ。もう。
心の中でカミルと会話をしつつ、変な思考を読まれてしまったと、すこし恥ずかしく思いながら、ゆっくりと離れていくマリアンネと向き合った。
「とりあえず座ったら?お茶ぐらいは出すわよ」
「ありがとう、そうする」
可愛く微笑んで、先程までベティーナの座っていた場所に座るマリアンネをフィーネは、それがあまりよくない事と思いつつも、ついつい比べてみてしまう。
紅茶を入れて、先程のベティーナに出した物と同じようなお菓子を用意して、マリアンネの前に差し出す。
すると彼女は、手を組み祈りの言葉を小さく唱える。敬虔な信徒がこうして祈り言葉を言うのは知っているし、昼のときにも大司教がやっていたので、驚くということもないが、神聖さのようなものを感じて、ただじっとマリアンネの事を見てしまった。
その視線に気が付いたマリアンネは、少しだけ気恥ずかしそうにしながら、お茶とお菓子に手を付ける。
「貴族はやらないんだよね、お祈り、なんか恥ずかしいな」
「……そんなことないと思うわ。神聖な感じがして私は好きよ」
「そうかな。お姉ちゃんにそう言ってもらえるとなんか嬉しい、えへへ」
素直に笑うマリアンネにフィーネは、ロジーネにも思ったように穏やかだなと思った。穏やかで、多分きっと普通の子。少し距離は近いけれども、可笑しな子ではない。
そう考えてこれも無意識的にベティーナと比べているからではないかと思ってしまう。
美しいローズクオーツの瞳も、豪奢な金髪もない、目の前にいるフィーネの事を姉と呼ぶ少女。それは、なんとも不思議な感覚で、血族らしい繋がりも外見から感じられて、まるで昔から知っているかのように錯覚してしまいそうだった。
「ねえ、お姉ちゃんは、同じ力、同じ血を持った私がこうして聖女になってるのってどう思う?」
「どう、と言われても……そうね。会いに来てくれて、その地位に居られてよかったと思うわ。貴方も私も、多くの因果に見舞われる立場にあるでしょう、だから無事大きく育って私と対面して話している事は、とても幸運におもうわ」
「……」
聞かれてフィーネはそのまま、思った通りに返した。そもそも、血族がいる可能性なんて微塵も考えてなかったのだ。調和師という特殊な力を持っていても、守り育ててくれる人がいるというのはとても素晴らしい事だと思う。
……それがたとえ、どんな協力者の元であっても。
「じゃあ、私があなたを慕って、もしこの状況から助けて欲しい、一緒に暮らしたいって言ったらどうする?」
「! なにか、ひどい目に合っているの?見た限りでは健康そうだったから、気が付かなかったけれど、それだったら教えて、私は告げ口したりはしないから」
フィーネには信用ならない協力者の元にいるとだけあって、マリアンネの質問に、フィーネは心配でいっぱいになった。そして、流石にそれは看過できないと思う。アルノーはマリアンネまで抱え込んで転がり込むことを許してくれるだろうか。
そんなところまで考えて、心配するフィーネにマリアンネはキョトンとして、それからフィーネの問いには答えずに、次の質問をした。
「お姉ちゃんは私の唯一の血縁でしょ。あの子より大切に私のことしてくれない?」
「……あの子ってベティの事?」
「そう」
なんてことの無いような表情でそう言うマリアンネに、フィーネは首を傾げた。質問の内容もよくわからなかったし、その前にフィーネが言ったこともスルーされた。
そもそも、この子がフィーネに会いに来たのは、何か伝えたいことがあったからではないのだろうか、例えばさっき言ったような酷い目にあっているとか、教団でないがしろにされているとか。
確かに今日初対面の知らない子ではあるが、フィーネは年下で自分に頼ってくる子にとても弱かった。彼女の助けになろうと考えるぐらいには、血がつながっているという特別さと庇護したいというフィーネの欲求がマリアンネには向けられていた。
しかし、マリアンネ自身がベティーナと比べるような事を言うというのは……つまり、もしかしてだが、マリアンネもベティーナの企んでいる事を知っていて、その子を優先するのではなくマリアンネを優先してほしいと伝えたいのだろうか。