本当の家族 5
就寝用のワンピースで髪を結っていないラフな格好のベティーナがフィーネの部屋へとずんずんと入ってくる。いつもの事なので、さほど気にせずフィーネは頭の中を切り替えて、我が物顔でテーブルに腰かける彼女の方へと視線を向けた。
「今日はなんだか難しい話をする人に会ったから疲れちゃったわね」
そう言いながらテーブルに置いてあるベルをチリンと慣らして、フィーネの専属の側仕えのロミーを呼び出す。夕食後の時間帯にフィーネがロミーを呼び出すことは少ないので気を張っていなかったロミーが控室から出てくるのに時間がかかる。
するとベティーナは顔を歪めて「遅いわよ!使えないわね!」とロミーをしかりつけて、何か甘いものでも出すようにという。一応といった感じにフィーネにロミーは視線を送って確認するが、それをフィーネは頷いて返して準備をしてもらう。
「ベティーナ、私の従者をかってに呼び出すのはいいけれど怒らないで頂戴、時間も時間よ」
「……なぁに、姉さまは私が悪いって言いたいの?」
「違うわ。ただお願いしているだけよ」
「ふんっ、それならいいわ!」
顔を逸らして不機嫌になるベティーナだが、ロミーが出してきた、フィーネがベティーナ用に用意してある、見た目の華やかなクッキーにぱっと表情を輝かせて、口に入れる。
「それで、こんな時間にどうしたの?珍しいわね」
フィーネは言いながら、執務机からベティーナの向かいへと移動して、カミルはそんな二人をフィーネは自分と話していたのに、と少しだけ不満に思いながら、見つめた。
「……いいえ、別に」
そう言いながら、ベティーナは、フィーネの部屋をきょろきょろと見まわす。それから飛び切り甘えた声で言う。
「姉さま、あのマリアンネって子いるでしょう?あの子姉さまに何か言ってこなかった?」
……それは、彼女が、ベティーナにとって不安要素のある子という事?一目見ただけで、調和師の家系だとわかる彼女は完全には、王族の側については居ないという事かしら?
そうなら、どうしてバルシュミューデ侯爵家が無くなったのか、という事も彼女から聞けるかもしれない。それに同じ血筋のよしみで、王族と教団の癒着についても教えてくれたりしないかしら。
そんな風に都合よくはいかないとわかっていつつも、希望的な観測をしてしまう。
「いいえ、なにも。突然来たものだから、あまり豪華なおもてなしを用意できずに怒っていたのかしら、一度も口をきいてくださらなかったわね」
「! そうね、私もあの偉そうな態度が嫌いよ、でも、仕方ないわ。必要だって聞いているもの、ぞれに所詮は聖職者でしょう?哀れね、神様なんてものに仕えるだなんて」
「そういうことを言うものではないわ。ベティ」
言いすぎな彼女をいさめて、フィーネは”必要”と言ったベティーナの言葉の意味を考えた。それが教団にとってなのか、はたまた、王族にとってなのかはフィーネの予想では五分五分だ。
その予想の根拠としては、今朝調べていたテザーリア教団と情報の祖語があるのだ。本来のテザーリア教団には聖女などという役職は存在しない。それに、本流である土地から移住してきた者が教団の上役として役目をはたしている、現にあの大司教も修業は隣国で積んだと言っていた。
けれども、マリアンネはどう見てもユルニルド王国のフィーネの血縁であり、こちらの王家が彼女をこそに入れたのではという仮説が最有力だ。
そして、この場についてくるのはベティーナも想定外だったのだろう。だから余計なことをフィーネに伝えないかベティーナは心配なのだ。
「なによ。姉さまだけいい子ぶって、気に食わないでしょう?」
「……」
「そうだと言ってよ。私の考えに合わせてくれたっていいじゃない。姉さま。どうせ明日も合わなきゃいけないのだし愚痴ぐらいは言わせてよ!」
「そんなに会いたくないのなら、会わなくたっていいのよ。私一人でも対応できる」
「そういう問題じゃないんだって!もう!」
ベティーナは機嫌を急に悪くして、それでもフィーネを単身で外部の人間に会わせるわけにはいかないとは口にしない。
もし、ベティーナが会いたくないと望み部屋から出てこないのであれば、大司教に踏み込んだことを聞いたり、明日出発するまでに、マリアンネと話す機会も生まれるはずだが、その選択肢はないとばかりに、ベティーナはフィーネに怒るのだった。
……それに、その外部との接触をさせないようにする行為だって、最終的には、私を貶めるためのベティーナの利益のための行動なのに、それはやめたくない、でも、ゴキゲンはとってほしいだなんて、わがままよ。
「姉さまがそんなだから、私にだって負担があるの!どうして、分かってくれないのよ!」
「……」
ヒステリック気味になるベティーナに、フィーネは前の記憶をたどった。大人になったベティーナは、誰もが振り返るほど美しい女性であったし、フィーネの立場を手に入れてからは、さらに自信に満ち溢れた、女性になっていた。
しかし、それとは対照的に彼女の性格は悪化の一途をたどる。フィーネの事を貶めてもなお、ベティーナはフィーネにわがままを言うし、そうすること以外での愛情の感じ方を知らないのだ。しかし、然るべき愛情を教えるのはフィーネの役目ではないし、そもそも、まったくの無感情にこのまま、ベティーナを見捨てることだってフィーネにはできる。
それだけのことを企んでいる相手であり、こんな歳にもなって、他人に機嫌を取ってもらうことでしか自分をコントロールできない。それは致命的とも思える欠点で、フィーネは一つ、ふっと短く息を吐いて気合いを入れて、ベティーナと向き合った。
「ベティ、確かに私は貴方の負担になるような性格をしているかもしれない。けれど、自分の考えを押し付けているばかりでは、何も解決しないわ」
「!」
「もうすこし、よく考えてみて、前の魔物の事件の時のようなことは仕方がないわ。でも、貴方の━━━
バシャン!!と音が響く。
続きを言えずにフィーネは、目を見開いてベティーナを見た。彼女は、テーブルに飾られていた、フィーネの大切なお気に入りである一対の花瓶を薙ぎ払って席を立ったのだった。
「なによ!!えらそうに!!」
そういったベティーナの表情は涙に歪んでいて、言い返されるとは毛の先ほども考えていなかったことが伺える。それから、飛び出して走り去る彼女の背中に「ベティ!!」と声をかけた。けれどもフィーネは追いかけることはせずに、花瓶を拾って傷がついていないかを確認した。
「……」
『珍しいじゃん。言い返すなんてさ』
「そうね。……アルノー様が助けてくれる事になったでしょう?だから、その対策も大切だけど思い出す前の記憶から、全体の流れを考察していくべきだと思うの。どうあったって、私には唯一と思えるものだから無視してみて見ぬふりなんてできるはずもないのよ、だから━━━━
『ストップ!ストップ!一行以内にまとめて!』
「ベティーナの将来が不安よ」
『初めからそう言ってよー。急にいっぱい喋るからびっくりしちゃった』
カミルも言いながらタオルを持ってきて、濡れてしまったカーペットに膝をついて水分をふき取る。ロミーを呼んでお願いしてもいいけれど、カミルと話をしたかったので片付けをしながら、ベティーナのことについて考える。