本当の家族 3
現王が倒れるという未来を思い出してから、フィーネは記憶をたどって正確に思い出せるようにフィーネは務めるようになった。それと同時に、以降ほどなくして、ここ最近、近隣国より伝わってきたテザーリア教団の拠点である教会へと魔物の襲撃が始まった。
それは最初は、不穏なうわさ程度にテザーリア教団が狙われているのではと言われていたが、前のフィーネの記憶によると、襲撃はより苛烈なものになり、何度も襲撃されるようになる。
そのテザーリア教団をこの国に招き入れ、多くの人の信仰を得るように動いたヨーゼフ陛下にその不満は集結する。そしてそれを心労に国王陛下は病床に伏せることになる。
未来を知っているフィーネにとっては、もうそれは、誰かの手によって魔物が動かされているとしか思えないような、鮮やかな流れであり、その誰かは、王にもだが、テザーリア教団にも良い感情を持っていないのだと、容易に想像できる。
もともとのこの国は、精霊信仰で成り立っている。建国物語にも精霊が登場するし、精霊は人間に力を貸してくれる神聖なものとしてその祈りをささげる。
フィーネのガラスケースに祈りと魔力をささげる行為も、ある種宗教的な行為ともいえる神聖なものである。しかし、それを現国王であるヨーゼフは現実的な福祉的支援をテザーリア教団に委託して行うことによって、その教団への信仰を半ば無理矢理に民衆に強要することとなった。
それは年配の精霊信仰の根深い層には屈辱的な行為であったが、信仰を変えるだけで、手厚い福祉的な支援を受けられるとなれば若い層には意欲的に取り入れられていった。
……精霊信仰との具体的な違いは、決まったものに祈りをささげるという点よね。
フィーネは本を読みながら、この流れを人為的に作っている人間の意思をくみ取ろうと、この国の信仰と、教団の違いについてレポートにまとめていた。
やることが見つかると時間の流れも速い、ここ最近は暇という言葉とは無縁の生活をしていた。他の人間から見れば、そうである前のフィーネの生活だって、暇という言葉とはかけ離れて思えていたが、ずっと忙しいと慣れて暇と思うときはあるものなのだ。
……この国の精霊信仰では祈りをささげる対象は自然物であればなんでも良いとされている。それに魔術師や貴族は、自分の家系の得意な四元素の魔法の素材とか、これも自然物という決まりと似たようなものね。
それに比べて教団は、魔力の宿っていたもの、という決まりがあるわ。つまりは魔力を保有する能力のある素材や魔法道具なんかね。
それらを定期的に奉納することによって、善い行いを積んで死後の世界に行ったときに、好待遇をうけられると……。
一般向けに発行されている経典を読みながら、要点を紙にまとめて行くとやはりこのあたりに、魔物を動かしている誰かの思惑があるような気がした。
……でもそもそも、魔物を使役というか自分の好きなように動かすことが可能なのかという問題も大きいのよ、でもその方法がわからなくたって、襲撃に意図があるのは感じられる。
「本日は、休暇だといいますのに熱心ですね、フィーネ様」
「ええ、少し気になることがあって」
「忙しい日になると思いますので、甘くしておきました。昼頃には到着されるようです」
「ありがとうロミー、助かります」
「はい」
フィーネの執務机にロミーはミルクとお砂糖をたっぷりと入れた紅茶を置いて、今日の来訪者について告げる。
丁度想定していた時間だったので、この後の予定を切り詰めなくてよさそうだと思いつつ、フィーネがいつもやる気を出すときは甘いものを飲みたがることを知って配慮してくれたロミーにお礼を言いつつ紅茶を飲む。
『あれ?誰か来るんだっけ?』
「……けれど、驚きますよね。あのテザーリア教団の大司教様がいらっしゃるなんて、ロミーに聞かなければ、私またベティーナに対応を任せていたところでした」
「私は仕事をしたまでです。フィーネ様、きっと未来の王妃様に挨拶にいらっしゃったのですよ」
「……そうだと、いいのだけど」
疑うことなくそういう彼女に、フィーネは正直そんな風には受け取れなかった。丁度襲撃の始まったこの時期に、会いに来たのはフィーネにではなくベティーナにだと思う。
彼女はすでにこの屋敷の外の貴族社会では、王妃になる女性としての地位を獲得している、そして、彼女の事情も多く知れ渡っている。なので、フィーネに会いたいという文言であっても、実際はベティーナ目当てであるのは、事実だ。
けれども、そんなことは知らない様子のロミーは素直にベティーナがいつも通り対応するはずの大司教の来訪についてもフィーネの情報を提供した。
それを知ってフィーネは、ベティーナに、来客の対応をしたいお願いすると彼女は珍しく快く二つ返事を返してきた。その反応を見るに、大司教もしくは、テザーリア教団全体がハンスや、ひいては王族の味方だということは想像に難くない。
そもそも、この教団をユルニルド王国に引き入れたのは現国王であるのだ、そのあたりががっちり関係を結んでいると考えた方がいいだろう。
「ロミーにはあまり難しい政治の話は分からないのですがどうか、気負わないでくださいね、フィーネ様。また、眉間のおしわが濃くなってしまいますよ」
「分かっているわ。取れなくなったら困りますもんね」
ふふっとロミーと笑いあって皺をなくなれーと擦りつつ、一度本を閉じて到着までの間に、手紙の返事を書いてしまおうと思う。
仕事にもどるとロミーも部屋から退室していき、フィーネの部屋には、また静寂が取り戻される。
『それでここ最近、宗教関係のことを調べてたんだね』
カミルが納得したようにいいつつ、書庫から持ってきた沢山の歴史書をまじまじと見つめて、そのうちの一つを手に取りペラペラとめくった。
「それもあるけれど、最近の魔物の教会の襲撃事件が二件ほどあったでしょう?その事件、前に思い出した記憶に繋がってると思うのよ」
『……へえー、鋭いね。君自身のこと以外はあんまり思い出せないんでしょ?よく記憶がつながったね』
「そのあたりは苦労したけれどね。なんせ、カミルは全部知ってるのに教えてくれないから」
フィーネは少し責めるような口調で言ったが、カミルはまったく気にしないとばかりに、ニコニコ笑顔を作って、フィーネが書いている物を覗き込んだ。
『だってーいいって言われてないんだもん。僕だって教えてあげたいけどさ。フィーネは黒魔法使うなっていうしね』
「記憶の共有なんて、駄目。それをやるなら自力で何とかするわ」
言いながら、フィーネはカミルにできれば事の詳細を教えてほしいと頼んだ時のことを思い出した。彼はいいよと言いつつ、黒魔法でフィーネの記憶に入り込もうとしたのだ。