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本当の家族 1



 フィーネの仕事の一日は、朝の便で届いたニュースを読むことと、私用の手紙の確認から始まる。その後に軽い朝食、それから家庭教師と課題の報告や勉強、昼食を食べてからは領地の政策や、個人的な調べ物と課題。


 このあたりで大体、ベティーナが自分に構ってくれない母親の代わりにフィーネに日常的な出来事を話に来る。その時には仕事を切り上げて、話を聞いてやり、ついでに最近の情勢についての令嬢たちの反応を聞いてみたり、最近の流行りについての些細な情報を得る。


 夕食を食べた後は、前のフィーネの記憶を手に入れてからは、対策を立てたりカミルとおしゃべりする時間にあてることにしている。


 そして就寝前に、ガラスケースに魔力を注いで一日が終わる。


 そんな日常を過ごしているのだが、今までは、昼過ぎにベティーナのおしゃべりに付き合い、そのほかの時間は勉強と仕事にすべてあてていたのでまったく変わり映えのしない日々を過ごしていた。


 なので前の記憶を手に入れてからは、手紙のやり取りをしたり、カミルと話をしたりと、少しは彩りのある日々を送っているのだったが、毎日がパターン化してしまうのは変わらずであった。


 なにせ、前のフィーネの記憶があったって、ベティーナに悟られないようにしか動くことができないのだから、基本的には同じような生活を送るしかない。


 けれども、フィーネには前のフィーネとは違って、やり直したからこそのコミュニケーション相手がいて、同じ女性であり可愛いと思うものを送りあってるロジーネに関しては話題はそれなりにあり、手紙の返信をそれなりに苦も無く考えつくのだが、フィーネが困っていたのは、自分を正妻に迎えるといった、アルノーへの手紙の返事だった。


 彼は、フィーネがあの日の朝、言っていたことを一語一句、言った言葉をそのまま文字に起こしてこれで間違いないかと確認するフィーネに手紙でも了承をして、ついでに直筆のサインとそれから、ディースブルクの印章を押して返してくるのだった。


 フィーネがあの場であんなことを考えていたが故の行為だと思うが、その一枚でフィーネは死だけは避けられると安堵のため息を漏らすのだった。


 どうせデビュタントの場で、フィーネは婚約破棄を言い渡されて、ハンスはその場でベティーナとの婚約を発表する。その時にアルノーやロジーナにそばにいてもらい、フィーネの血筋の正当性を証明してもらって、フィーネは伯爵令嬢としてアルノーとの婚約の発表をしてしまえば、いくら、ハンスでもディースブルクが囲った相手を平民として捕らえて連れていくことは、できない。


 ただ、考えるべきことは山のようにあるのだ。さしあたっては、その後、恋文のような手紙をじゃんじゃん送ってくるようになったアルノーへの手紙の返信の内容だ。


 本当の本当に何を話したらいいのかわからないし、彼の好きな物も彼が望む言葉もわからない。だからフィーネはつまらないと思われるとわかっていても今日のニュースの話題や考察を書いてしまうのだった。


 それに、ニュースといえば考えなければならない事は他にもある。ここ最近の魔物の出現事件について、何故か既視感を覚えるのだ。もしかすると、前の記憶の中に存在しているのかもしれないけれども、上手く思い出すことができない。


 それがまだ、その出来事の中核になることが、起きていないからフィーネにはわからないのかそれとも、フィーネの陥った事態にそれほど関連がないから記憶が残されていないのか確認する必要もある。


「……」


 部屋を暗くしてベットの中で、眠るために目をつむっているというのに、思考はとめどなく濁流のように溢れてきて、いっこうに眠気がやってくる気配もない。


 体は疲れて眠たいはずで、寝苦しい夜というわけでもない。気温はちょうどよく、静かで心地の良い夜なのに上手く眠ることができない。


 柔らかいシルクのシーツに体を擦らせて、寝返りを打つそれでも考え事を止めることは出来ない。


 例えば、アルノーにもし本当に正妻に迎えられたら、その後にはかならずぼろが出るベティーナとハンスの王太子夫婦はどうなるだろうとか。それに、そんなことが起こってしまえば、王家の威信にかかわる問題になってくる。


 なんせ、現国王であるヨーゼフは、もうすぐ病床に伏せることになる。そうなってしまえば政に参加することができない。


 ……あれ?もうすぐって、どうして、そんなこと思い出せたの?


 疑問に思いながらも、そうだ、そうだった。と薄っすら思い出した記憶がはっきりとしてくる。現国王であるエーデルシュタイン家のヨーゼフ・ディ・エーデルシュタイン陛下は道楽王などと呼ばれて、国民からの指示は熱くはない、しかし良いバランス感覚を持ち合わせた人物で、それなりに、国民の民意を裏切らない政策をやることができるすぐれた人物だ。


 そんな人間が倒れたのが……そうよ。テザーリア教団の襲撃事件が相次いだすぐあとね。これだわ引っかかっていたのは!


 そんなことまで思い出してしまえば、フィーネは起き上がって考察と対策を考えるべく、ベットからいそいそと降りようと考えて足をカーペットにつけようとすると、ぱっとカミルが目の前に姿を現してジト目でフィーネのことを見ているのだった。


『なにする気』

「な、なにって、これから今日思い出したことの、記録と対策を……」

『昨日は、前の君が未来で好きだった新しい研究の本の内容を思い出してそのまま、徹夜だったよね』

「う」

『その前の日は、眠たくなるまで、なんて言って小難しい本読み始めてそのまま明け方までソファーで過ごしていたよね』

「うう」


 カミルが何を言いたいのかすぐにわかって、フィーネは自分が分が悪いことも理解していたが、仕方いない。フィーネはショートスリーパーであり短い睡眠時間で回復できるのだ。


 それとあまり寝つきが良くないというのもあるが、そんなことは置いておいて、きちんと睡眠はとっている。体は眠たいけれども、今は眠れるコンデションではないという事だから仕方がない。


 ……それに、いくら眠ったって、眠っていない時とパフォーマンスは変わらない程度の睡眠欲求なら、やる気があるとき、思い出したときに動く方が良いのだわ。


『良くない。まったく君は、屁理屈を考えるのがうまいよね』

「……でも、眠たくならないのよ」

『口では考えてること言わないんだ?それってなんでなの?』

「…………一応、貴方に正当性のある主張だってわかっているから」

『だよねー、僕も君の悪癖だと思うもん』


 カミルは、いいつつフィーネの肩を押してベットに戻らせる。流石に屁理屈でカミルを言い負かしたって、夜はきちんと眠り体を休めることが大切なのは変わらない。無理をしたっていいが、それは、ここぞという時にだけにとどめるのが正常だろう。


 分かってはいつつも、いつもいつも、ベットに入ってから一時間も二時間も寝付けないまま考えを巡らせるというのは、これはこれで根気のいる作業なのだ。


 だからつい、体の限界まで頑張ってしまう。それは確かに悪癖であり、治した方がいいのも確かであった。


『ほら、ベットに入る。なんでそんな君は寝つきが悪いの?』

「……考えすぎちゃうのよ。目をつむれば眠くなってくるなんて言うでしょう?でもあれって嘘だわ」

『ふぅん、今日は何を考えてたの?』


 元の位置まで戻るとカミルは靴を脱いで、ベットへと上がってきた。脱いだ靴の所在が気になったが、それはカミルが、ベストのボタンを外して脱いだことによってそちらに意識が移る。


 カミルが脱いだベストは、彼の手から離れると、ふっと消えてなくなって毎日まったく同じ格好だった彼がシャツだけになるのをフィーネは真剣に見つめてしまう。


 髪を後ろで一つにくくっているリボンをほどいて、ほぐす彼に、こうしているところを見るとまるで人間みたいだと、感想を抱いた。


『……?フィーネ、どうかした』

「え? あ、その、なにを考えてたかって話よね」

『そうだよー』

「その、アルノー様の手紙への返事とか、あと、前の記憶のことをいくつか」


 フィーネと話をしながらカミルは、フィーネと同じく掛け布団とシーツの間に体を挟み込んで、手ごろなクッションを引っ張ってきて、枕にして寝転がる。


『ふーん。思い出したのってどんな記憶?寝ながら話しなよ』

「……、……」


 カミルに言われてフィーネは、指摘しようかしまいか迷って、けれどもとりあえず横になって、彼と向き合った。


 珍しく、フォルムが違うというか、こうして、同じベットにいるところを見ると、彼が人らしく思えてしまって、確かにいつも触ることもできるし、そこにいる人らしいものであることは、確かなのだ。


 けれども、ああして毎日、複製して貼り付けたような衣装と外見であると、それ以外は存在しない人間らしくなさを感じていた。


 歌劇の大スターがお風呂に入ったり、メイクをしている姿が想像できないように、カミルからはまったく人らしい生活感が感じられていなかったのだ。


 しかし今、目の前で、共に布団に入って、いつもきっちり同じ髪型なのを崩してカミルはフィーネの事を見ていた。暗闇の中ぼんやりと光っているのは、人らしくなかったが、空色の瞳はフィーネを移してきちんとそこに存在している。


『フィーネ?』

「…………ねえ、カミル。貴方って全裸になれるの?」


 ……全裸になったらお風呂には入れるのだろうか?歯磨きは?食事はとれるの?そもそもカミルにも眠る時間が必要なのだと思うのだが、それは実際の人間と同じなの?





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