初恋 9
……あの人……あの人私を愛していると言った?
その場では、色々な計画を立てていたことを読まれて、呆れられるのではないかという気持ちと、彼に対する信用ならないという気持ちであまり彼の発言については気にしていなかったのに、あとあと部屋に戻ってから、彼の言ったことを思い返しているとアルノーがとんでもない事を言っていたのだと思い至った。
……それまではよかったのよ。女性が苦手だから妾は作らないだとか、一番大切にするだとか。それなら、道具として私を大切にしてくれるのだと納得ができるのよ。
でも、愛しているは、違うじゃない。
そんなことを思いながらなんとなく花瓶を見つめた。二つで一つのそれは、今日もフィーネの部屋を彩り季節の花を美しく飾っていた。愛しているというのは、これを送ってお互いのことを思いながら部屋に飾ったりする関係のことを言う。
それなのに出会ってまだ数日もたっていないフィーネとアルノーでそんな関係性はありえない。
……やはりどこか惚れっぽい……というか変な人なのかしら。話をしていても妙な思想を持っているというわけでもないように思うけれど、納得のいかないのよ。
うーんと首をひねってみても答えは出てこない、するとふと向かいの椅子にカミルが現れて、今までの考えを読んでいたのか、会話の続きのようなことを言う。
『でもさ、あの人が変なんじゃなくてフィーネが昔の出来事を忘れていただけで、実は出会っていたなんてことは無い?それだったら説明がつくじゃない』
「それはないわよ。私、婚約記念パーティーに数回出たことがあるくらいで他に経験はないし、第一、私その時は幼児といってもおかしくない年齢なのよ?そんな子を好きになったりする?」
カミルは昨日、それなりに信憑性の高い話を聞けたと思っていて、やや自信げにフィーネに助言をするつもりで言ったのだが、彼女の意見も聞いてそれも確かにそうかもと思ってしまう。すると、自信はへなへなと萎えていった。
それに、まったく思い出せないというのも引っかかる。でも、アルノーは確かに昔は病気を患っていたらしいし、それが精感に関わることであるならフィーネが助けられるのも事実。
しかしまったくフィーネは欠片もそれを覚えていない。
『う、う~ん。ならないかも、……分かんなくなってきたっ』
「まあでも、忘れているのではなく、私の知らないところで勘違いとかそういう物で好きになったというのなら、私には理解しようがないのよね」
『それもそうだけど……う~ん』
けれども完全に昨日の話が、勘違いか何かだとは思えなくて、カミルはなんと言ったらいいのかわからなくなってしまった。
フィーネはそんな風に悩んでいるカミルを見て、確かにそれは、アルノーとの関係を構築する上で重要な事ではあるが、ここで悩んでいても仕方がないとも思う。
こんなに自分のために悩んでくれる人がいるのだ。それなのに、先の見えない話ばかりを考えていても仕方がない、あまり不確定な要素というのは好きではなかったが、それでも、今この時、今日できることをやった方がいいと気持ちを切り替える。
「まぁ、きっとわかるときが来るわ。その時のために、アルノー様には四の五の言わせないように、きちんと書面で誠意を示してもらいましょう」
『う、それでいいのかなぁ、なーんか不安』
「良いのよ、さて!今日も忙しいわ。ベティーナ達が帰ってくるまでにやらなければならない事がたくさんあるもの」
『……そうだね。事後処理がたくさんあるんだったよね!』
「ええ、頑張りましょう」
カミルと軽く会話をして、気合いを入れてテーブルを立つ。フィーネと同じように、そうして、立ち上がって歩いていく彼をしり目に捉えながら、フィーネは一対の花瓶を優しく撫でた。
……でももし、彼の感情がこの花瓶を贈るようなものだったら。
そうだったらどうしたらいいのか、はフィーネにとっては難問であり、そうであることもまた見て見ぬふりをして、今日も元気に働き始めるのだった。