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初恋 5





 ……十歳の時だったと思うが正確な年齢は、正直覚えていない。がしかし、そのくらいの歳のころまで俺は、稀に起こす発作のせいで、魔物憑きなんて呼ばれて、自分の屋敷でも厄介者扱いされていた。


 その日も馬車の中で発作を起こし、アルノーの実母であるエリーゼはアルノーが怪我をしてはいけないと、幼い息子が力の限り暴れるのをリボンで縛り上げて、抱きかかえていた。馬車はタールベルクで開かれている、タールベルク伯爵令嬢と王太子殿下の婚約記念パーティーに向かっていた。


 暴れる子供をロープで縛るのではなく、わざわざリボンで縛るのは、いくら実子であるアルノーのことであっても、こんな風に時折、発作により暴れだす病気を持った子を自分が産んでしまったという罪悪感と不平等な気持ちをごまかすために、あえてファンシーに見えるものを選んでいるのだった。


「はー……はっー……はー、……はー」


 うつろな瞳で息を整えているアルノーの瞳には、涙が堪っていて、その頬にはいくつもの涙の筋ができている。


 アルノーの発作は、厳密にいえば病気ではない。いや、ある種、病気であるとも捕らえられるが、これは精霊たちが彼に悪さをしているから起こることなのだ。


 精霊は本来人間が認知することができない存在であり、それゆえ、どんな行動をしていても、人間が損害を被ることは無い。しかしどんなものにも例外は居る。


 アルノーは精霊を感じ、本来であれば魔法を使う機関として非常に大切な精感が人よりも広く、それゆえ多くのものを知覚してしまう。


 それは、人間には処理できないほどの情報量であり、精霊は気まぐれにそれを見せる。言葉も通じず、簡単にアルノーの感覚の中に入り込んでくる精霊に、アルノーは対処法を持たない。


「……は、母上、ひ、紐を解いてくれ、落ち着いた」

「…………、ほ、本当に?」


 心底怯えたようにそう言う母を安心させるべく幼いアルノーは、できるだけ落ち着いて見えるように、こくりと頷いた。


「そ、そう。でも、良かった。アルノーこれからパーティーだもの、ね。今発作が起きたのだから、暫くは大丈夫でしょう?」

「え、時間は……あまり関係ないと思うが」


 無理矢理ポジティブにとらえようとする母に、アルノーは無慈悲にも子供らしく、手や足を縛っていた、レースのついたリボンを解いてもらいながら、口にする。


 そうするとエリーゼはみるみる表情を変えて、まるで今度はエリーゼが発作を起こしてしまったかのように、「ああっ!」と声を上げて、涙を流す。


 それをアルノーは、また始まったと少し面倒くさく思う反面、今のは自分が悪いと思い直して「もういや、わたくしが何をしたっていうの」と呟き始めるエリーゼの背をゆっくりとさすってやる。


 その手はまだ幼く、エリーゼを安心させるには小さすぎて、その存在は些細なこととばかりに誰に対してでもない恨み言をつらつらとエリーゼは言い続けるのだった。



 パーティーの会場であるタールベルク伯爵家には、もうすでに王宮でも何度も婚約祝いパーティーが催されているというのに、多くの馬車が止まっていた。このパーティーは多くの人に婚約を知らせるためのものであるためこうして何度も開催して、招待客を変えて、開催するのだった。


 ちなみに、王太子は王太子で王宮でのパーティーを何度も開催しているため、こちらには婚約者である令嬢がおり、あちらには王太子がいるという形で、効率よく婚約を周知していく形式だった。そのため婚約記念パーティーとはいえ、令嬢一人の参加になっている。


 下級の貴族たちは、王妃の地位が約束されているまだ幼い令嬢に自らの子を近づけようと似た歳ごろの子供を連れて今日のパーティーに望んでいた。


 しかし、アルノーとエリーゼの狙いは別にあった。その令嬢が、調和師の家系である、バルシュミューデ侯爵家の血筋を引き継いでいるという点である。


 大昔から、精感を調整するのは調和師の仕事と決まっている、しかし、本家筋の方には王族の息がかかっていて、王族にとって目の上のたんこぶであるディースブルク辺境伯の子供など救ってくれるはずがなかった。その目をどうにかかいくぐろうとエリーゼが調べて、たどり着いたのが今回のパーティーだ。


「アルノー、貴方はここにいるのよ。わたくしはエルザ様と直接お話をしてくるわ」

「はい」


 馬車から降りるまでに、なんとか情緒を安定させたエリーゼはパーティー会場から、扉一枚でつながっている子供向けのガーデンパーティーの会場にアルノーを残して大人の話をしに行くのだった。


 エリーゼには時間がなかった。アルノーにはまだ、教えていない事だったが、精感が広すぎると魔力の逆流によっておこる転変が起こる確率がぐんと跳ね上がる、そしてアルノーのように日常生活にも支障をきたすような、発作を起こす子供は総じて、成人前に魔物化してその首を落とされる。


 まれに例外として転変したまま生きることが許される場合もあるが、それは王族から嫌われている、ディースブルク辺境伯家の血筋にはきっと許されないのだった。


 だから、できるだけ早く、愛するわが子を助けてくれる人に渡りをつけなければ、エリーゼは息子を失うことになる。色々と、思う所のある子ではあるがそれでもエリーゼの大切な家族なのだという事には変わりがないのだった。


 そんな事情までもは知らないとしても、切羽詰まっているという点においては、アルノーも例外ではなかった。まだまだ無邪気な年頃であるはずなのに、彼はいつも浮かない顔をして、発作の予兆が来るのに常に怯えていた。


 同じぐらいの歳の子から、少し幼いぐらいの子が多いこのガーデンパーティーは大人の真似をして子供たちが話に花を咲かせて、お菓子を食べている。


 そしてその中心にいるのが今回の主役であろう、伯爵令嬢だとおもわれた。パラソルの下で、他の子供たちに周りを囲まれて機嫌よさげに微笑んでいる。


 ……あれが、フィーネ?


 にっこりと自信げな笑みを浮かべる金髪の少女は、とても華のある女の子で、フリルをふんだんに使ったドレスは目を見張るものがある。


 ……おかしいな、バルシュミューデの家系は夕日色の瞳を持っているのではなかったのか?


 そう考えつつ、彼女を中心ににぎわっている場所へと近づいていく、すると、パラソルの下に空いている椅子が一つあることに気が付いた。それはちょうど金髪の令嬢と隣り合わせでおかれており、この子は異母兄弟か何かだろうと納得した。


「あら?見慣れない方!」


 椅子に座ったまま、話題の主導権を握っている金髪の令嬢がアルノーに気が付きそう声を掛けた。すると彼女の周りを囲んでいた子供たちが一斉にアルノーのことを見て、一人、また一人と、こそこそ話を始める。


「あの方は……」

「私、お母さまに関わっちゃダメと言われて」

「危ない人なのよね」

「病気がうつるからって」


 口々にそんな声が聞こえてきて、アルノーはため息をつきたくなったが、あからさまなのは良くないだろうと考え表情を変えることはしなかった。


 けれども、事情を一番近くの子から、話を聞いた金髪の令嬢が表情を歪めて、皆の総意とばかりに口を開く。


「あっちへ行ってくださらない!皆怯えてしまっているわ!」

「……言われなくとも」


 小さな令嬢にきつく言われて、そんなことは精霊たちに見せられる変な幻覚や、感覚に比べたら、どうという事のない代物であったはずなのに、のけ者にされるというのはやはり少し悲しくて、落ち込んだ気分になりつつその場を離れる。


 すると他には、やることは特に無いように思えたが、辺りを見回してみると、他の子供から距離を置かれている、金髪の令嬢と同じような年頃の女の子がいることに気が付いた。





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