人間らしい裏切り 4
お茶を入れてビアンカに声を掛け、もうすぐで、魔術師や精霊騎士が来てくれると励まし、フィーネはなんとかその場を、保つことができていた。
じわじわと時間が流れていくごとに、緊張感が増していく。
フィーネは、騎士よりも先にこの町には魔物が来ることを知っていた、だからせめて声が震えないように細心の注意を払って、ソファーに腰かけていた。
時間が経つと次第に話すこともなくなって、ただ沈黙して、冷めたお茶を飲んだ。
小さな物音にも、いつの間にか魔物が紛れ込んでいるのではないかと恐怖を煽って、びくっと反応してしまう。
「……せめて、カーテンは閉めた方がいいと思うのだけど」
「それでは、エドガー様が来た時見えないでしょう?!何を考えているのよ!!」
「ごめんなさい、そのままでいいわ」
「そうよ!!姉さま余計な事言わないでっ」
「うん」
やはりだめかと、フィーネは落胆しつつ、見たくないという心を押し殺して、じっと居室の大きな窓から見える、正門へとつながる庭園を見た。まだそこにはいつもと同じような光景が広がっているだけだ。
帰ってくるはずのエドガーが見えないといいつつも、ビアンカは懇々と祈っているだけで、窓の外を見ようとはしない。正門の外には、先程までフィーネが行っていた商店街が無人の状態で見えた。門の扉は開け放たれていて、これもビアンカがエドガーが帰ってきたら困るだろうという、指示からそうされているものだった。
神経質な緊張が走る部屋の中、カミルだけが、その窓の外を険しく見つめている。彼もことの深刻さは理解できているのか、怪訝な表情を浮かべていた。
「……ねえ、姉さま。騎士様はいつやってくるの?」
「きっと、あと十分も待てば」
「それさっきもいってたわ!!早くしてよ!!今日は、私、カルラとショッピングに行く予定なの」
「ええ」
「それに、夕食には私の好物を出してくれるって!!そのままクラーラとも合流して、三人で晩餐会なの!」
「そうね」
「気のない返事ばかりしないでよ!!どうしてそう冷淡なの!?」
ベティーナはじわじわと時間が経つごとにぶり返してきた不安感をフィーネに当たることによって発散し、その勘に障る少女の喚き声に、ビアンカが、美しい金髪を振り乱しながら、顔を上げて、ぎっと二人をにらみつけた。
「静かにしてちょうだいよ!!!まま、魔物が寄ってきたらどど、づ、どうするの!!」
少し、どもりながら、そういう母の異様な姿にベティーナはさらに不安になったが、どうにか押し黙って母をにらみつける。
そんなベティーナのことを意に介さず、ビアンカはまた手を組んで額に当てて小刻みに揺らして祈りを上げた。
静かな沈黙に傾いてきた日の光が色を付ける。薄ら赤くて、ほの暗い、嫌な雰囲気を煮詰めたような空間。誰かひとりの発狂で惨殺事件でも起こってしまいそうな神経質さ。
小さな家鳴りに全員が神経を研ぎ澄ませて、微かに揺れるシャンデリアの明かりに、イラつきを覚えた。
窓の格子の影が濃くなる。寒くもないのに手足が冷えて、一分がとても長くそれこそ永遠に感じる様であった。
『……その二人を置いて、君は逃げた方が懸命だよ』
「……」
カミルが窓辺からフィーネのことを振り返ってそう声を掛けた。フィーネは、そんなことには当の前から気が付いていた。
しかし、その返答を口にするわけにはいかずに心のなかだけで、カミルに返事をする。
……この二人は魔力が少ないから、ここに置いていっても、大丈夫だって言いたいんでしょ。むしろ、危険なのは私だって。
『そうだよ。良いじゃない好きにさせたら、どうせ生きてるよ?』
心の声にカミルは適当な感じを出しながら答えた。そう言う根拠はきっと、前のフィーネの記憶からくるのだろうと察しがついた。このまま彼女たちが魔物にすぐに見つかってしまう場所にいたからといって、見つかるとは限らない、そして、未来、彼女たちは五体満足で、フィーネのことを追い詰めている。
であれば大方、何事もなくこのまま時が過ぎて助けが来る可能性が大きい。
けれども、もし、その想定が外れて、魔物が来てしまったら?フィーネが屋敷の奥深くに引っ込んでしまえば、何かあるかもしれないのはこの二人になるだろう。
こんなに怯えきって、怖がっているのに。そんなのは、とてもじゃないがフィーネには看過できない事だった。
それに、前のフィーネの記憶があるから言えることだってある。フィーネはカミルに向けてきちんと心の中で言葉にした。
……そうかもしれない。記憶を見てみれば、二人はちゃんと生きてるし……でもそれなら、私だって未来の私だって、この事件があったはずなのに私自身も五体満足で生きてる。だから……。
『だから、ここにいていざという時には彼女たちの身代わりになるってわけ?それって矛盾してない?何事もないと思うのなら、君が部屋に引っ込んだっていいはずだ、それなのにここにいてやる理由ないよ』
痛い所を突かれて、自分自身、何事もなくこのまま時が進むなどありえないと、感じているのだと思った。
『僕は魔法は使えるけれど、戦えないよ。君を守れない、せめて安全なところに行くぐらいしてよ。……君だって怖いんだろ?』
理屈で押し固めていた、感情の部分をカミルに言い当てられて、それでも自分よりも怖がっている、隣にいるベティーナを置ていくことはやっぱりできないと思うのだ。
フィーネに当たることも許されずに、むくれて今にも癇癪を起こしてしまいそうな可哀想な妹を今は刺激しないようにするしかないと思うのだった。
ローズクオーツの瞳を様々な負の感情に、歪ませて、イラつき気味に服の裾を握っては緩めてと忙しなく繰り返しているうちに、また、感情が抑えられなくなったのか、ベティーナは衝動的にドンっとテーブルを拳で叩いた。
ビアンカとフィーネは驚いて、悲鳴を上げはしなかったものの、すぐにビアンカは怒りに表情を歪めて、ビアンカは酷い形相でベティーナを睨みつけた。
「何故静かにしていられないの!!??私を殺したいわけ!!!」
「そんなことっ!!いってないわ!!叫ばないでよ!!!」
耐えられないとばかりに立ち上がって、ベティーナを糾弾するビアンカに負けじとベティーナも突然、怒られた驚きと怒りから応戦して叫ぶ。
「貴方がテーブルをたたくから怒っているんでしょう!!!」
「なんで叩いちゃダメなのよ!!ヒステリックになってるほうが悪いわ!!」
「ああっ!!そうやって私を馬鹿にしているんでしょう!!嫌な子!!!」
「だからそんなこと言ってないって!!!」
声を大にして叫ぶ二人に、フィーネは頭が痛くなるのを感じた。ビアンカは、ベティーナを甘やかす癖に愛してはいないのだ。フィーネはそう思っている。
そしてこうなった場合、いつもはフィーネが悪者になるとうまく解決するのだ。それも別に、フィーネが望んでそう誘導しているのではなく、いつの間にかそうなってしまうのだ。




