表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/137

人間らしい裏切り 2




 二つの対になった一輪さしは横並びで置くと水の流れを表すように細工同士がつながっていて、その合間に小さなダイアがちりばめられている。


 見入ってしまうほどに美しくて、亭主であるグレゴールがそばまで来ていることに気が付かないでいた。


「いつもそれを見ているだろう、お嬢さん」

「……そうですね。バレてしまっていましたか」

「今日はやっとこれを買いに来たのではないのかね」

「いいえ、これはその、恋仲の相手ともつものでしょう? 私には、そういった相手はまだ……」


 一番最初に思い浮かんだのはハンスの顔だった、しかし、彼はこんな控えめなプレゼントを喜んでくれるとは思えなかったし、すでに、彼に対しては残念という気持ちはあれど妹のベティーナとは違って執着もない。


 だから、やっぱりこれを買えるような状況ではなかったのだった。


「……持ち手の感情は自由だが……一つ、作ったものとしてアドバイスをするのなら、これはそうなりたい相手に贈るためにもっておくのも良い。二つで一つ、ならば一つの状態で完成されて愛でるのもよし、また一つに戻したいと願う意味で贈るにも良い。考え方など自由さ」


 しゃがれ声で言う老人にフィーネは、別々に同じものを持つことによって周りに自分たちの関係をアピールすることがお揃いを持つ理由だと思っていたが、そばに寄りたい、共に生きていきたいのだと望んで渡すのだって、ロマンチックな気がした。


 それでよいのならば、そういう相手ができた時に片割れを渡せばいい。


「物には、相性の良い持ち主という者がいる、何度も欲しいと望んでいるのなら、その運命はお嬢さんにあるのかもしれん」


 いつもはまったく無口なグレゴールだったが、今日のフィーネはいつもと少し違う気がして、老婆心で少しだけ元気づけようとそんなことを言った。


 そんな気遣いにフィーネは胸が温かくなって、これだけでも思い出の品になりそうだと思い購入を決意した。


「そこまでおっしゃってくださるなら、こんな歳になってもまだ、愛した人がいない身の上ですけれど、買わせてもらいます」

「まいどあり、簡単に包装しよう、それまで他のものでも見てまっておれ」

「ええ、ありがとう」


 フィーネは、丁寧にケースからとり出される、一対の美しい花瓶をみてそれが手に入るのがとてもうれしくて、帰りに花を買って帰ろうと思った。


『良いこと言うじゃん、このおじいさん!』


 カミルが老人の手に持って運ばれる一輪さしをまじまじ見つめながら、そんな風に言ってフィーネの後ろをついてくる。フィーネは心のなかだけで、そうね、素敵だわと返事をして、今日ここに来た目的である、ロジーネへのお土産を探そうと店の中を散策して、手作り感のある、金色の羽の刺繡があるポーチを見つけた。


 それら二つを購入して、カランとドアベルの音を立てながら店をでる。


 外に出てみると何やら商店街自体が騒がしい事に気が付いた、その喧噪

が聞こえてきたのか、店の中からグレゴールも顔を出し、商店街の向こうの方から、走ってくる若い兵士と思われる青年の声が聞こえてきた。


「危険な魔物がこちらに向かっています!!皆さん家の中に非難してください!!既に王都に精霊騎士や魔術師を要請しています!!家の中に入って扉を施錠してください!!」


 けたたましく叫びながら、兵士の青年は大通りを駆け抜ける。騒がしいと思ったのは、さっさと店じまいをしている物音や、家の扉の前に重たいものを移動してバリケードを作っている音だった。


 ……魔物?!今日はお父さまは居ないというのに!


 フィーネはその声を聴いてすぐに状況を理解して焦りつつも駆けだす。


「まて!嬢ちゃんここに避難すればよかろう!!今から戻るのは危険じゃ」


 しかしすぐにグレゴールに腕を掴まれて、フィーネは今は老人でありはするが、昔は職人として働いていたグレゴールの力強さと眼力に一瞬もひるむことは無く、安心させるような笑顔を浮かべた。


「こんな非常時だからこそ、私は屋敷に戻らなければなりません!この領地を統べる一族の義務ですから」

「……」


 こんな小娘に何ができるのかと、グレゴールは言いたかった、しかしそれでも、守護する者の役目だと言い、その行動に覚悟があるフィーネの目を見れば否ということは出来なくて、「きっとまた顔をだすんだよ、お嬢ちゃん」と好々爺のように言って、するりと手の力を抜いた。


「ええ、必ず。行こうカミル」


 カミルに声をかけて、来た道を戻っていく。騒がしく守りを固める商店街に非常事態なのだとひしひしと感じながら、ひた走った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ