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愛情の形 9



 部屋に戻るとカミルが姿を現し、さっさと執務机について、手紙を読もうとするフィーネの前に立ちはだかった。それから駆け寄って、ぎゅっとフィーネに抱き着く。


 カミルの方が小さいので、弟に抱き着かれた姉のようにも見えるがカミルは慰めているつもりであり、この感情の読みずら少女はいつになったら自分にその繊細な心をさらけ出して、縋ってくれるだろうかと思ってすらいた。


 フィーネは、正直、家族の中でああいった扱いを受けるのは毎度のことではある。けれども今回はたしかに、酷い事を言われたような気もする。しかし、その言われた言葉たちに意味などはない、あるのはフィーネはまぎれもなくこの家の子供で、ここにいることに正当性があるそれだけだ。


 ……だから、あんな言葉は意味はないし、問題もない。


『問題なくても、嫌でしょ!』


 カミルがすかさず、フィーネの思考に突っ込みを入れて、フィーネはハッとする。確かにそれはそうだった。そういうことを無視するなと言われているのに、どうにもフィーネの身につかないのだった。


「そうね。少しだけ悲しくなるわ。でもその分、貴方の暖かさが際立って思えて悪くないのよ」

『悪いよ。悪い、もう!ああいえばこういうんだから!素直になってよ!』

「これでも、だいぶ素直になった方だと思うのよ」

『口答えしないでよ!!怒ってるのは僕の方なんだから!』

「うん、ごめんなさい」


 カミルの言葉を今度こそフィーネは素直に受け取って、きゅっと彼を抱きしめ返した。そのしぐさにカミルはすこし、安心したような笑みを浮かべて『君の居場所は、僕の隣にちゃんとあるよ』と首をこてんとかしげながら言うのだった。


 それを見てフィーネは罪悪感を覚えてしまうぐらい愛らしく思えて、ぐっと唇を引き結んだ。


『さて、ロジーネから良い返事が帰ってきてるかな?』


 もう少しこうして、可愛いカミルのことを眺めていたかったのだが、彼はすぐに離れていってフィーネの机にある手紙を見た。


 そんな彼に続いてフィーネも執務机について、手紙を手に取った。


 勉強会に参加して以来、フィーネはロジーネと手紙のやり取りをしていた。最初は当たり障りのない、勉強会の感想や誘ってくれたことへのお礼から始まり、ロジーネからはフィーネが調和師の力をロジーネに使ったことに対するお礼を何かできないかと言う申し出があった。


 そこでカミルから聞いた、フィーネを助けてくれるかもしれない存在へのアプローチをかけることになった。


 その人物は、アルノー・ディースブルク。辺境伯の爵位継承者となる、ディースブルク家の跡取りであり、少し名の知れた人物だった。


 ディースブルク家とはもっとも魔物の多く出る森のすぐそばに領地を構える、我がユルニルド王国の主要産業である、魔法道具、魔法素材製造、狩猟の要である土地であり、王都へつながる大きな街道も持っている政治的にもとても重要な家系だ。


 辺境伯の持つ力は、王族にも及ぶと言われているほどであった。


 そんな、ディースブルクの跡取りである、アルノーは経歴に汚点があり、そのせいで、フィアンセがいない事や、アルノー自身も女性嫌いとして知られている。


 現在は得意としている魔法をつかい精霊騎士として、それなりの地位のある役職にもついているらしい、と、いうのがフィーネの知っていた彼の情報だ。しかし、それだけではどういった理由でフィーネを助けてくれようとしていたのかはわからない。


 それでも、理由がわからないからといって、カミルからの有力な情報を無駄にするわけにはいかない。とにかくまず動いて見るべきだと、考えてロジーネにアルノーと面識があるか、あるのであれば紹介してほしいとお願いをしたのだった。


 文面上、面識があるのかと問うたが、面識はあるはずだ、アルノーがいくらか年上であったとしても同じ世代の上級貴族だ。お互いに家を継ぐもの同士で挨拶ぐらいはしていると思う。


 だから後はロジーネがその要求を呑んでくれるかどうか、それが重要なのだった。


 ペーパーナイフを引き出しから取り出して、丁寧に手紙を開けて便箋を開いた、今日の便箋はレースの形にカッティングされている可愛らしいもので、毎回ちがう、たまに奇妙な柄のものもある便箋のデザインを見るのをフィーネは少しだけ楽しみにしていた。


『ロジーネって、こういう物も君みたいに使い勝手だけで選びそうなのに意外だよね』


 カミルが感心したように言って、フィーネは思考を読まれているのかそうでないのかわからなかったが気にせず「そうね。あの日は落ち着いた印象だったけれど着飾ったりもするのかしら」と適当に想像しながら返して、文面に目を走らせた。


『拝啓、初夏の風が心地よい季節になってまいりました。


 いかがお過ごしでしょうか?


 私は、勉強会後に個人的な付き合いを始めた友人とともに、新しく王都にできた雑貨店に、先日行ってきました。どれも、女性が好む愛らしいものばかりが置いてあり、私には不相応だと友人にも言ったのですが、そんなことは無いと言われ、少しうれしく思ったことを恥ずかしくて本人には言えずにいます。


 きちんと意見を言ってくれる友人との付き合いというのは貴重なもので毎日、新たな発見の日々です。


 魔法の訓練も順調に進んでいて、あれ以降は不調もありません。魔術師の道は今の後継ぎとしての地位を捨てることになるので、家庭内では少し、問題視されているようですが、私が妹の後継者教育をするということで話がまとまりそうです。


 さて、先日の手紙でのフィーネのお願いですが、一つ注意点があります。


 アルノー様は気難しい方として、若い貴族の中でも有名な方です。それに、幼少期は、精神に異常をきたしており、いつその病魔が再来するかもわからない状況にあります。


 それでも思慮ぶかいフィーネのことですから、それを承知の上で、彼と面識を持つことを望んでいるのだと考え、私の方から、貴方が頼りたいと思っている旨をそれとなく伝え連絡先も教えておくこととします。


 この程度のことしか出来なくて申し訳なく思っています。他に何かあればいつでも私を頼ってくださいね。


 それに、貴方とも、王都にできた大きな雑貨店を回るのを楽しみにしています、今は、遠く本邸にいるフィーネに、雑貨店で見つけた面白いものを送っておきます。


 それでは、暑さもこれから厳しくなりますのでお体に気を付けて過ごしてくださいね。 敬具』


 フィーネはそれを読んでほっとした、アルノーの件はどうやら了承してくれたらしい、それをまずは喜ぶべきだろう。それに、ロジーネは相変わらずとても落ち着いた文章を書く。読みやすくて何より要点がわかりやすかった。


 同じく手紙をのぞき込んでいたカミルに目線を上げて、アルノーとうまく連絡が取れそうなことを悦ぼうと考えていたが、カミルも手紙を読み終わって、無邪気に笑って言う。


『面白いものって何だろう? その小堤かな? ねえ!開けてみてよ』

「……ええ、いいわよ」


 最後まで読んでどうやらそっちの方が気になってしまったようで、手紙と送られてきた小さな小堤をじっと見ながらいう。カミルは大人っぽい所もあるがやっぱり年相応なところが可愛く見えて、小包の包装を解いていく。


 小さな箱に丁寧に詰められていたのは、文鎮に使う手のひらサイズの金属の重しだった。しかし面白いものというだけあって、それは妙な形をしていて、そこに沿ったようなのっぺりとした黒猫が描かれているものだった。


『え、こわい』

「……」


 箱の中には小さな手紙も添えられていて、開いてみればロジーネからの追記の文章が乗っていた。


『PS.手紙では面白いものと予防線を張りましたが、実は雑貨屋の中でこれが一番かわいいと思ったのです。友人は、感性は人それぞれ、自信をもてというのですが、フィーネはどう思いますか?率直な感想を待っています』


 ……、……かわいい……?


 フィーネは、ベティーナが買ってきたもの以外については、それなりの美的センスを持ち合わせていた。何か不気味な文鎮をフィーネはまじまじと見つめてよい所を探してみた。


「……目が特徴的よね。それからこの猫の柔軟性を高く表現しているのも好感が持てるわ」

『君ってあんがい律儀だよね。適当書けばいいのに』

「そんなわけにはいかないわよ。……率直な意見が欲しいと言われているのだから、私もこの子と向き合ってみなければ」

『うーん。真面目』


 カミルは笑いながらそう言ってふらっと机を離れて、姿を消す。とりあえず、フィーネは便箋を取り出した。フィーネが使っているのは沢山文字が書けるように無地に金の細工が小さく入っているものだった。


 これが一番いつでもだれにでも送りやすいし、なによりいつも同じものを使っているのでたくさん買っておいておける。


 そのおかげてコスパも良い。これほど気に入っている便箋はない。


 しかし、そんな風に考えつつ合理的なことにしか、敏感に反応できない自分に女性らしさの欠如を感じつつ、ある程度頭の中で文章を組み立てて、ペンを走らせる。


 友人と遊びに行ったという雑貨店はどんな内装だったかのかと、質問してみたり、アルノーの件のお礼、それからプレゼントにまずはうれしいという旨を書き、率直な意見をとてもたくさんの言葉を使って、説明しつつ、最後にはロジーネの好きだと思うものなら、フィーネも可愛く思えてきたという意味の言葉を書いて締めくくった。


 それから、なにかフィーネも同じように感性を磨いた方がいいような気がしてきて、週末にでも慣れ親しんだ、本邸からほど近い商店街にある、骨董店にでも行こうと考えて、手紙に封をした。


 こうして、お友達が一人できるだけで、自分一人で勉強をしていただけでは絶対に考えないようなことを考えられるのは新鮮で、それだけで日常の彩が増えたような気がした。






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