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愛情の形 4




 カミルにはそんな彼女の心情が本気で分からなかった。フィーネは何も言わないし顔にも出さないし、行動も起こさない。


 しかし、フィーネはこの妹のせいで、酷く痛そうな傷を負っているし、その買ってきたという靴だってフィーネが馬車から降ろされて必死で歩いているときに悠々と馬車の御者にブティックに寄るように事つけて、買ってきた品物なのだ。


 そんな暇があったら、フィーネを迎えに行ってその時に謝るべきであるのに、こんなことはおかしいはずなのに、フィーネはベティーナに優しく微笑みかけて、その靴を履いて見せてやろうとする。


 咄嗟にカミルは白魔法を使って、フィーネの心の中を除き見た。彼女の心の中身は慈愛にもにた愛情にあふれていて、さらにぽつりと心の中の声が聞こえてくる。


『痛みは我慢できるけど、これじゃあ、靴が汚れちゃうかも』


 自らのかかとの皮が大きくめくれてしまっている事実をそんな風に受け取って、ベティーナを見上げて眉を困らせた。


「ごめんなさいベティーナ、今日はたくさん歩いたから、靴擦れをしてしまって、履いたら汚してしまうかも」


 たくさん歩いたからではない、ベティーナに歩かされたから、こんなことになっているのだと、ベティーナやフィーネの前に姿を現して言いたかったが、カミルはそんなことをしても意味ない事は知っていたし現実的ではない。


 ベティーナはフィーネが痛そうにさすりながら見せたそのかかとの痛ましい傷を見て、ぐっと顔をしかめる。


「汚い、何よこれ」

「長距離をパンプスで歩くとなったりするのよ」

「知らないわ!どうでもいい!それに私のせいだって言いたいわけ??」


 生粋の貴族のようなことを言っている彼女の方が庶子で、こうしてベティーナの横暴にまったく怒らないフィーネの方がより尊い血筋のはずなのにフィーネはまったく反論しない。


 ベティーナの飛躍した被害妄想、というか実際こんなことになっているのはベティーナのせいであって、そう言いたいかと問われれば、カミルは声を大にしてベティーナを糾弾したかった。


「なによ!なによ!なによ!せっかく買ってきてあげたのに!姉さまがみすぼらしいから、私だって少しはプレゼントを送ってあげたかったのに!!そんな風にあてつけて、なんでそんな風にいじめるのよ!!」

「……」


 ヒステリーを起こすベティーナをフィーネはただ見上げて、ふっと小さく息をついた。


 それから、その高いヒールのある靴を床に置いて足を入れる。ぐっと押し込んではめ込み、赤いパンプスは両方のフィーネの足を包み込み、それからフィーネは何の躊躇もなく立ち上がって、涙ぐんで怒るベティーナのことをやさしく抱きしめた。


「……落ち着いて、ベティーナのせいだなんて言ってない。気に入ったからやっぱり履いてみたわ。どう?」


 少し離れて、ベティーナはフィーネのことを見る。けれども拗ねたように「全然、似合ってないもの」と口にした。カミルから見てもそれは事実だったが、フィーネはくすくす笑って、「嘘よ。ベティーナが私に似合わないもの買ってくるはずないものね」と意味の分からない主張をし始めた。


 その言葉にまんざらでもないようにベティーナがフィーネのそばに寄る。


「姉さま。……私を愛している?」

「もちろん、私の可愛いベティ」

「絶対よ、言ったからね」

「……ええ」


 迷いなくそう答えるフィーネ、しかしその関係性はとてもじゃないが正常とはいいがたい。


 虐めているのはベティーナの方で、幼く稚拙で許されない行為をしているのに、その暴虐の根底には、愛されているから許されるという安心を得たいがための欲求が入り混じっているのには目も当てられない。


 そんな彼女を母親なんかより大きな愛情で認めているフィーネの方にも、限りなく本物に近い家族愛があるのが、これまたグロテスクであり、いびつで歪んだ関係性を悪化させているようにも思えた。


 ……フィーネは、最後まで復讐は望まなかった。それが、すべてだ。でも、フィーネだって生きることを望んでる、全部が全部ベティーナの思い通りにすることができるわけじゃない。


 なんでも譲ってきたフィーネにそれを譲ってもらえない事によって、ベティーナはフィーネを一人の人間だとやっと理解する。そしてその自由を奪う未来はそう遠くない。


「愛しているわ」


 笑みを浮かべるフィーネは、やはり優し気で、こんな状況でさえなければ、ただの優しい人というだけで済んだのに、今は肉食獣の前で静かに眠っている子羊のようでその優しい羊は、食い荒らされても文句も言えないと思った。





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