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愛情の形 1



 ふーっと息を吐いて、フィーネは椅子の背もたれに体を預けた。向かいにいるロジーネも同じようにして一息つく。今しがた、令嬢たちのそれぞれの関係性を洗い出し、その中からロジーネに相性がよさそうな子を何人かピックアップしたところだ。


 似たようなお化粧をして、似たような声で話す令嬢たちの区別をつけるところから初めて、所作や立ち回りから性格を推測し、さらには家系の情勢を考慮し、厳選した三人を苦労したが見つけることが出来た。わりと楽しめるゲームだったとフィーネは思う。


 お昼ごろから始まっていたこの勉強会も日が傾いてきて、そろそろお開きの時間だろう。


「後は彼女たちに、個別で誘いをかけるだけですね、フィーネ」

「ええ、きっと本人たちも喜んでくれるよ、ロジーネ様」


 疲れ切った二人はやり切ったと視線を交わして、途中で糖分補給に給仕係にもってきてもらったフロランタンをもくもくと食べた。


 フィーネはこのお菓子を見ると先日の失態を思い出して重たい気分になるのだが、初めて食べたらしきロジーネが切れ長の目を細めて少し笑みを浮かべる。それを見たらそんな重たい気分は吹き飛んでいった。


「これ、ナッツがたっぷりでとてもおいしいです、フィーネはどうですか?」

「……私も、このお菓子……すきなのよ。一つ貰うわね」

「あら、初めて見るお菓子だと思ったのだけど、フィーネは既に知っているのですか?」

「ええ、フロランタンと言って、クッキーの上にカラメルを纏わせたアーモンドを敷き詰めているお菓子ね。とっても甘くて、でも味わい深い甘さで食べやすいのが特徴……」


 これをハンスとのお茶会に用意するために、タールベルク家のお抱えの料理人と何度も相談してイマドキの流行を習得してもらったのだ。だから、このお菓子のことはとてもよく知っている。

 

 しかし説明口調で話してしまったので、嫌な顔をされるのではないかと思ったが、ロジーネは「フィーネは物知りですね」とその黒髪を耳にかけながらいった。


 それに、フィーネはホッと息をつく。


 彼女は別に、特段、人にやさしい性格というわけではなかったのだが、悪意を持たずに接してくれる人の少なさからフィーネはそんな一言でも、照れてしまうぐらいにはうれしくて、少し赤くなってしまった頬を隠すために口元に手を当てた。


『君の照れるポイントが意味わかんないんだけど、ま、一言だけアドバイスしていい?』


 ふと、現れたカミルはロジーネのすぐ後ろにおり、ロジーネに悟られないようにフィーネは、小さく頷く。カミルは、意を決して口にした。


『たぶん……君は力を使えるよ。僕は知ってる、この子の首に触れてみて』


 そう言って、カミルは一歩後ろに下がって消える。その表情は少し暗くて違和感はあったけれども、フィーネはせっかくの助言を無駄にするのは、良くない思いロジーネへと手を伸ばした。


「? どうかしましたか、フィーネ」


 不意に伸ばされた彼女の手にロジーネは若干戸惑った。しかしフィーネの真剣な表情に、なんだか愛の告白でもされそうですね、と少し冗談を考えた。


 真剣にロジーネを見据えるフィーネの瞳の中に、きらっと小さく光るものが見えて、ロジーネはそれの正体が気になって少し前かがみになってフィーネの瞳の中を込む。


 フィーネの瞳の中には、彼女の魔力が光を放ちながら揺らめいていて、それは真っ赤な夕焼けの光を反射して美しい夕日を移した水面のように波打っていた。


「少しだけ、じっとして」


 短く、端的にフィーネが言って、彼女の聞き心地のよい柔らかな声に言われると、まあ少しくらいならとロジーネは思えた。


 それにこの光の水面をまだまだ眺めていることができるのならそんなのお安い御用だと、と少しぼんやりしながら、その美しい情景を眺める。それは不思議な感覚で彼女の瞳には魔力があるのではないかと思えるほどだった。


 フィーネの細い指先がロジーネの頬に触れる。緊張しているのか少し冷たくて、その指は軽く顔を隠している黒髪を掬いあげて、ロジーネの耳にゆるくかけた。そのまま滑るようにしてフィーネの指は、ロジーネの首筋をするっと小さくなでた。


「っ、は、」


 突然のことに息を飲む。吐息を漏らし、真剣にフィーネのことを見る。彼女が何かやったのだということは理解できるのに、それがなにかはわからない。


 しかし、触れられたところがぞわっとして、背筋を駆け上がる心地よいなにかは、ロジーネのことを包んで痺れる様だった。


「……ふ、っ」


 顔に出してはいけないと思うのに、薄く開いた唇からうっとりとした吐息を漏らして、なんだかわからないが目の前にいる華奢な少女を力いっぱい抱きしめて、世界の誰にも見られない場所に隠してしまいたくなる。


 そんな恍惚とした表情を浮かべるロジーネにフィーネは少し疑問に思った。


 首筋に触れた時に、微細に感じたなにかの滞りをロジーネの体から取り払った。きっとこれで合っているのだと思うのだが、これが調和師の力なのかと不思議に思った。


 もっと大層な儀式なんかをへて扱えるものだと思っていたので案外簡単だったことは意外だった、がしかし一番気になったのは、ロジーネの反応だ。


 ……苦しそう……というより……。


 紅潮した頬に、つやっぽいため息のような吐息、それから熱を帯びてフィーネを貫く黒曜石の瞳。


 ロジーネはとても気の強そうな顔つきをしているが、十人いたら十人とも美人だと思うような美しい少女である。そんな彼女が今こんな表情をしている。同性だとしても、勝手に見てはいけないような気がして彼女に自分の存在を主張するように、フィーネは口を開く。


「ロジーネ様?」


 フィーネの問いかけに、ロジーネは、ハッと我に返ってパチパチと瞬きをした。それからきゅっと表情を引き締めたが、何故か心地よい感覚は変わることはなく、正気に戻ると視界が今までよりずっと広いような気がして、くるくると辺りをよく見まわした。


 世界はより鮮やかに視界にうつり、夕日が目に染みる。少女たちの声が軽やかに聞こえてきて、耳心地がいい。


 視線を戻してフィーネを見るが、きちんと座り直した彼女の瞳の光の水面は失われていて、先程の絶対的な魅力も今は影を潜めていた。





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