腹が立たない間抜け 3
タールベルク伯爵家には、上級貴族につながるようなパイプは今のところはない、とくになにか目玉の名産品があるわけでもないし、流通の要所というわけでもない。精々観光に人が少し訪れる程度の田舎領地だ。
それなのに、キースリング侯爵家からはお茶会の誘いやら今回のような勉強会と称して、幼いころから、ロジーネからのお誘いが何度かあったように思う。
記憶を掘り返して、数年前までのフィーネの代わりにベティーナが行った招待状を思い起こしてなるほどと思う。
「ロジーネ様、それほど気を使った話し方をされなくともわかりますよ。ロジーネ様は、精感の調整が必要だと考えているのですね」
「! ……そ、その通りです。流石は、調和師の家系ですね、なにか他とは変わったことが分かるのですか?」
聞かれてフィーネは、フルフルと首を振る。別に不思議な力があるわけではない、単純な消去法と知識の問題だった。
精霊に問題がないのだとしたら、後は、魔法を使う大切な要素の最後の一つ、精感に関する問題だ。
人間には視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚の五感が存在する。それらは、ひとが自身を取り巻く世界を知るために重要な機能であり、人体の生命を支えている。
そして、魔法を使うためにはそれらと同じように精感という、精霊を無意識のうちに知覚して魔力を受け渡す器官が存在するのだ。それなしでは、魔力は精霊に渡すことができず、魔法の力は使えない。
それを整えることができるのが調和師の力。
けれども、生憎、フィーネはその力を使ったことは記憶にある限り一度もなかった。
「原因は理解できました、けれど……伺ってもいいですか、ロジーネ様」
「ええ」
「貴方はもしかして、私の力を望んで、招待をかけていたのですか?」
「……望みは薄かったのですが、一応。物は試しといいますから」
期待の滲んだ瞳で見られて、フィーネは納得するのと同時に、こんなに都合よく自分の力を欲する人間の元へとたどり着けるなど、飛んだ幸運だと思った、がしかしすぐに思い直す。
……これは幸運ではないわね。ロジーネ様が諦めずにたとえ、ベティーナがやってくると知っていても、何度も招待を繰り返した結果なんだ。
だからこうしてまぐれで出てきたフィーネはこの場にいる。
しかしだからこそ、こんなまたとない好機だからこそ、愕然とした。フィーネは、その力の使い方を知らない。
「…………そう、ですよね。私の力を……」
そこまで言って、しかし、フィーネはそれ以上の言葉を言えずにいた。なんと伝えればいいのかわからないが、自分にできるとは思えない。こんなにも恵まれた状況にあるのに、それなのに、いや、それ以前に。
フィーネはロジーネの顔をまともに見ることができなかった。
魔法を望んでいる人がいるのに、フィーネの持っているはずの力に期待してくれている人がいるのに、そのひとの最後の望みをつぶすのが自分になるとは思いもしなかった。
「……まさか、使えないのですか?……フィーネ」
「……」
名前を呼ばれて、このまま黙っていたいような気持に駆られるが、フィーネはどうにか、これで彼女に罵られようとも、へたに希望を持たせるようなことを言って、生殺しにするよりずっと、フィーネのせいでと恨まれようとも、きちんと言った方がいいと決心をして、口を開いた。
「申し訳ございません。ロジーナ様、お役に立てず……」
フィーネは自分の声を聴いて、情けなくなった、力が使えないのは自分ではどうしようもない事だったが、自身に責任があるような気がしてならない。
すぐに、ヒステリックな罵声が飛んでくるのだと身構えていたのに、ロジーネは、暫く無言になって、フィーネはやっとロジーネの方へと視線を戻した。
その表情はどこか穏やかで、悲し気ではあれど、怒りや恨みは見て取れなかった。
「……フィーネ、貴方ってとても大人びて見えるのに、子供みたいに怯えますね。意外です。私は怒っていません」
「っ、そ、そのように見えますか」
「ええ、ふふっ、フィーネ。私のお話を聞いてくださいますか」
「は、はい」
自分ではまったく自覚がない事を指摘されて、フィーネは咄嗟にそれほど、表情に出ていたかと、ほっぺに触って、ぐにぐにとマッサージする。
それに、どうして笑っているのか、分からなくて、まったく知らないタイプ女性であることに戸惑った。なんせ身近な女性である、ベティーナとビアンカの機嫌を損ねた時と違いが激しい。
……こんなに穏やかな女性っているものなの?
と幻の獣でも見たかのような反応をして、噴水の方へと視線を移すロジーネを習って彼女たちを見た。