崇高な愛 13
『やっぱりね。だと思ったよ』
「!」
カミルがふと現れてベティーナが何かを捨てた噴水の中を覗き込んだ。それから軽蔑の視線を向ける。
『でもこれなら、若くて魔法に詳しくない令嬢は騙せても大人の目はごまかせないね』
とカミルは上機嫌に笑って、フィーネのそばへと戻ってきた。すると、それまで令嬢たちに囲まれて、機嫌よく話をしていたベティーナがフィーネの方へと視線を向けた。
「そんな遠巻きに見ていらっしゃらないで、姉さまもこちらにいらしてよ」
「……ええ」
何かを企んでいる、不穏な笑みに少し嫌なものを感じながら、フィーネは
彼女たちのそばに寄った。首をかしげつつフィーネの後をついてくるカミルを視界の端でとらえながら、ゆるりとした笑みを浮かべた。
「ねえねえ、姉さま!カルラとクラーラは炎の魔法が少し使えるみたいなの!見せてほしいと思わない?」
「そうなの?すごい事ね。ぜひ、拝見したいわ」
「構いませんわ!ベティーナ様のお姉さま!」
「わたくしも」
にっこり笑みを浮かべる二人の令嬢に自分の心配は杞憂だったかと、フィーネは不安を取り払って、二人の令嬢の前に侍女が持ってきた椅子に座った。ベティーナとフィーネ、それからクラーラとカルラの四人で円を作るような形で二人の魔法をまつ。
「それでは行きますわよ、カルラ」
「ええ」
二人は示し合わせて小さな炎の魔法を使う。それぞれが手のひらサイズの火球を出して、にっこりと笑みを深めた。
「可愛い魔法よね!姉さま、姉さまはどんな魔法が使えるのだっけ?」
ベティーナは無邪気な表情のまま、フィーネのことを覗き込む。いつの間にか周りに集まっていた令嬢たちはカルラとクラーラの魔法を見ながら、フィーネの回答を待った。
……わざと、だと思っていいのか、それとも本当に無邪気なのか分からないけど……。
「私は、魔法は使えないのごめんなさい」
「あら、知らなかったわ!優秀なお姉さまのことですもの!こんな低級魔法の非にならないぐらいの魔法を見せてくださると思ったのに」
「仕方ないですわよベティーナ様、お姉さまはほら、ね?」
「ええ、当然のことですわ」
フォローをするような言葉に、今までのフィーネだったらお母さまの血筋が関係していることを多くの人が理解してくれていたのだと思っていたところだったが、いまは、受け取り方も変わってくる。
そして、くすくすと小さく笑う周りの令嬢の反応もまったく違和感なく理解することができた。
……そうよね、調和師なんて彼女たちからすればすでに廃れた過去の存在、知識も失われている家系、その情報を知っているわけもない。
声を潜めて誰かが言う。「場違いじゃなくて?」「そうよ、こんなみすぼらしい格好で」「汚らわしい」そんな声が、小さくささやかれた。
「そうね……でも今日は魔法の勉強会だもの、姉さまも机に向かわれているばかりではなくて、実際にちゃんと学んでくださいませ?」
言いながらベティーナは、その愛らしい顔を笑顔に歪めて、フィーネの前に座っているクラーラとカルラのことを見た。
「ベティーナのお姉さま、魔法はこんなこともできるのですわよ?」
クラーラなのかカルラなのか分からないが、どちらかがフィーネにそう言って、炎を激しく揺らめかせる。それから、ゴウッと音をたてて、炎は大きく燃え上がって、フィーネの方へと広がって来た。
「っ!」
フィーネが驚き身をこわばらせる。その炎は熱を持ってフィーネの頬を撫でた。
瞬間、水の塊がピンポイントでクラーラとカルラの手元の炎を消すように落ちてきて、二人の令嬢は膝から下が水にぐっしゃりと濡れてしまう。
「きゃあ!!」
「ひやぁ!」
悲鳴を上げた二人の令嬢の炎は立ち消えて、驚きの表情でフィーネのことを見た。やったのはフィーネではない、フィーネは本当に魔法が使えないのだ、しかし、フィーネの目にだけは見えている、少年は指揮をするように一つ指を振って、彼女たちに降り注いだはずの噴水の水をくるくると吸い上げて、上空で水の塊を作り、噴水にジャボンともどした。
……カミル。……ありがとう。
フィーネだけは状況を理解することができて、自慢げに笑うカミルに二人きりになったらお礼をきちんと言おうと考えた。
それからフィーネに信じられないとばかりに視線を向けているベティーナの方を向き直って、はぁっ、とフィーネは今緊張が解けたとばかりに演技をした。
「っ、ありがとうベティーナ。二人の魔法が暴走して驚いたけれど、貴方ったらこんなに素晴らしい魔法が使えたのね」
「…………そ、そうよ!」
キョトンとしてから、肯定するベティーナにカミルは視界の端でうげーという顔をして、またふと姿を消す。
今の一言の会話だけで、周りの令嬢もクラーラとカルラの二人もぱあっと表情を明るくして、ベティーナを羨望のまなざしで見る。
「素晴らしいですわ、ベティーナ様!」
「流石でございますわ」
「本当に魔術師の道を目指すべきですわよ!」
その盛り上がりように、ガゼボにいたロジーネと話をしていた令嬢たちも集まってきた。事の次第を聞き、口々にベティーナをほめたたえる。
そんな状態に自分の手柄ではない事を一切気にせずベティーナは「当然のことをしたまでよ」と愉悦にひたって、微笑んでいる。
その笑顔を見て、少し目を逸らしたい気分になったフィーネは、その場を静かに離れてから、ほっと息をついて少しだけうつむいた。