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欠落令嬢 1



 フィーネは、薄暗闇の中ぼんやりと考えた。


 ……あの日のことを今でもずっと覚えている。


 そうあの日、フィーネの晴れ舞台となるはずだった、あのデビュタントの日。


 それまでの自室の中に押し込められて、ひたすらに知識を詰め込むだけだった、灰色でつまらない日々……自由にお友達と遊んで、お出かけをする妹のベティーナのことを少し妬ましく思いながら過ごした、今までの日々が報われるはずだった。


 しかし豪華絢爛な王宮の大ホールで、王家であるエーデルシュタイン家の王太子であるハンスが手を引いたのはフィーネではなかった。


 ラストダンス、誰もがこのユルニルド王国の未来であるハンスと、王妃にと望まれ婚約している、フィーネのダンスを待ち望んでいる、とその時は信じて疑わなかった。


 けれども今考えてみたら、おかしなことが沢山あった。なんせ、ハンスの婚約者であるフィーネよりもずっと妹のベティーナの方が上等なドレスを着ていたし、何よりも、ハンスとおそろいのデザインだった。


「フィーネ、お前は私たちをずっと欺いてきた。今、その罪が裁かれるときが来たのだ」


 罪など、まったく記憶になかったフィーネは、理解できない状況にただただ、小首をかしげて固まった。


 愛おしくて大切な妹のベティーナはハンスの胸に抱かれて、その美しいローズクオーツの瞳を痛ましげに歪ませている。


 ざわめく周りの貴族たち、しかし、誰一人としてフィーネを庇う者は居ない。それどころか、既にハンスの言う”罪”という物を知っている者がいるのか、忌避感のこもった瞳で鋭くにらんでくる人までいる。


「お前は、庶子の身分でありながら、本来の伯爵家令嬢であるベティーナをさしおいて、自らが、さも貴族かのように伯爵夫人に取り計らわせ、忌まわしいことに私との婚約までこぎつけた」


 美しいシャンデリアの輝きが、あれだけ望んだ場所が、今では頭をくらくらとさせるほどに恐ろしくて、血の気が引いた。


 なにを言っているのか、本当に理解ができなかった。フィーネは本当に正当な伯爵令嬢であるし、母であるエルザはすでに病死してしまっているけれど、正当な血筋のある、貴族のはずだ。


 それに、庶子は……ベティーナの方だ。彼女は、ビアンカという平民出身の女性と伯爵との妾の子。


「そうであろう?伯爵夫人」


 ふと、ベティーナの後ろにいる、ビアンカの方へとハンスは視線を向ける。平民である彼女がこの場にいるのは、ありえない事であるはずなのに、フィーネはデビュタントに彼女が付いてくるのを自分の育ての親といっても過言ではない存在なのだからだと、なんとなく納得してしまっていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。


 それに伯爵夫人と呼ばれて、恭しくビアンカは頷き彼らのそばに寄って、優し気な手つきで、ベティーナの頭を撫でた。


「ふむ。では、ここにいる、皆をもって証人とし、正式にベティーナを貴族、タールベルク伯爵家令嬢として迎え入れ、そこの、庶子との婚約を破棄する!」


 声を張り上げて、ハンスは宣言する。わっと歓声が沸き上がって、パチパチと拍手まで聞こえてきた。


 ハンスは、美しい金色の髪をなびかせて堂々と歩き、フィーネの元へと歩いて来た。そんな彼のことを、フィーネはただただ意味も分からず呆けた顔で見つめて、ゴチッと手の甲で頬を打たれ、その場に崩れ落ちた。


「思いあがった愚民め!この女を連れていけ!!衛兵!!」


 心底軽蔑するような、冷たい藍色の瞳がフィーネの心を貫いて、まったく一言だって、言い返したり、反論することもできずに、フィーネは引きずられるようにして、ホールから引っ張り出された。


 最中に見たのは、美しい華やかな場所で正当な地位を手に入れたことを祝福され、お人形のように愛らしく美しいベティーナと、それにピッタリ寄り添っている、童話に登場するよう王子様のような見た目をしている、フィーネの婚約者だった人。


 衛兵は、その後、フィーネを放置するでもなく、まるで決まっていたかのように手際よくフィーネを縛り上げて、視界を隠して、王宮のある一室へと運び込んだ。


 そこから始まった日々は地獄と呼ぶのにふさわしく、それ以外では形容できないような、フィーネの生きてきたすべてを、踏みにじられる結末だった。




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