崇高な愛 7
……それでも、やってやろうって気分にならないのは、あんな記憶をしって、そして実際に彼女の裏切りを実感したとしてもベティーナのことを大切に思っているからなのか、それとも単純に行動するのが怖いからなのかどっちかしら。
どちらなのかフィーネは本当はわかっていた。しかしその事に目をつむって、分からないふりをした。
『ベティーナの顔に泥を塗るのがいや?』
「……」
カミルはフィーネの心を見透かしたように聞いてきて、フィーネは何も言えずに、口を引き結んだ。
『フィーネが突然来たぐらいで、ぼろが出るような子だとは僕は思えないけどね』
そして、確かにと思ってしまうことをカミルは言った。前のフィーネの死までの道のりを、知っているカミルがベティーナの事も良く知っているのは当然で、ベティーナは、強かな性格をしていることをフィーネも良くよく理解していた。
『今なら、きっとベティーナもまったく怪しんでいないはず、きっとうまくいくよ!フィーネならうまくやれる』
励ますような言葉を言い募るカミルが必死に勇気づけてくれようとしていることも分かっている。
しかし、長らくベティーナのことを優先していたフィーネは、簡単に決断することは難しく、それは、今までの母が死んでからの人生ずっと強要されてきたことでもあった。
ビアンカはいつだって、ベティーナは可哀想だからといって、彼女を優先していた。けれどもフィーネだって馬鹿ではない、それが実母ではないビアンカがフィーネをいびり殺さない唯一の方法だったのだと知っている。
自分の子供を上に立たせてなんでも優先させて、そうでもしなければ、憎い正妻の残した忘れ形見など、殺してしまいたかったと思うのだ。
だから、それをうすうす理解していたフィーネは、自分の生存戦略として、妹を愛した。決して嘘ではないがそれは根深く、生きるために付いた習慣は強固だった。
『…………前のフィーネもそうだった。君はベティーナの不利益になることを極端に嫌がる、どうして?時間がないんだよ?君は昨日知ったばかりでまだまだ気持ちの整理が必要かもしれないけど……フィーネ』
そんな複雑な感情まで理解が及ばないカミルは、きつく眉を寄せて、言葉を返さないフィーネのそばに足音をさせずに近寄った。
『できないなら、僕が最初の一歩を踏み出させてあげようか?』
そうして、静かな声でそう言ったカミルに、フィーネは何故かこの時だけ怖いと危機感を持った。ぱっとカミルに視線を向けると、カミルの雲のない青空のような瞳が黒く淀んでいることにすぐに気がついて、ガタンと音を立て椅子をずらして立ち上がった。
「……貴方、魔法が使えたの?」
距離を保ちつつ、フィーネは問いかけた。今カミルが使おうとした魔法は魔法でも黒魔法と呼ばれる、人に干渉できる力を持った魔法だ。
対になる、力として白魔法というものがあるが、その区別は曖昧であり、定義としては、人の助けになる力が白魔法、人を害することができるのが黒魔法と言われており、その際には、虹彩色が若干のその系統の魔法の色に変化する。
もともと、その瞳の色の変化が魔法の名前の由来となっているのだ、と、そんな魔法の定義なんかを考えている場合ではないと一旦思考を打ち止めて、フィーネはカミルを見据えた。
『なんだ、バレちゃった。見えなくなってからやればよかったね』
「……悪い冗談はやめて」
悪びれもしないカミルに、フィーネは真剣に返した。




