けじめ 11
ふと、肩に何か感触がして意識が浮上した。
……??……エレナかレナーテかしら。
テーブルで眠ってしまったフィーネに、ブランケットでもかけてくれたのか柔らかい感触がして、ぼんやりしたまま瞳を開けた。どのぐらい眠っていたのか気になったが、部屋はまだまだ暗いままで、夜中なのは確かだ。こんな時間に側仕えの二人が、部屋にいるだろうかとも疑問に思った。
「ん、……」
「起こしてしまったか。フィーネ、眠るならベットで眠った方がいい」
体を起こして振り返ってみると、ブランケットをかけたばかりで後ろにいるアルノーの姿が見えた。
彼も就寝前にフィーネに会いに来ただけなのか、シャツにパンツのラフな格好をしていて、それほど長く眠っていたわけではなかったのだと理解する。
……アルノーさま、わざわざ私に会いに来たのね。
寝ぼけ眼でそんな風に思って、ゆっくり瞬きをしながら、アルノーを見上げる。
薄着をしていると彼は、貴族らしいかっちりとしたイメージから、がっちりとした鍛えている男性という印象の方が強くなる。
…………虚勢ばかり張って他人をけなして自分を持ち上げるようなことばかりするあの人とは大違いね。
それに私の旦那様は健康で健やかそうでなによりね、と若干、意味の分からない事をフィーネは考えてまたテーブルに突っ伏して眠ろうとする。
そんな彼女を見てアルノーは寝ぼけているなんて珍しいと思いながらフィーネに声を掛ける。
「フィーネ、起きたのならベットに移ろう。……動くのが面倒なら俺が運ぼうか?」
「……?」
軽く手を引かれて、すぐそばにいたアルノーの方へ倒れこんだ。フィーネは座っているので丁度、アルノーの腹に顔をうずめるような形になり、腹筋が硬いが暖かくなった。
そして何かを問われたのでフィーネは「……ええ、そうねぇ」と同意した。
「…………」
アルノーの腹に顔を埋めて、眉を困らせたまますーすーと寝息を立てているフィーネは、もにもにと口を動かして、心底安心しきっているかのように寝心地の良い場所を探して首を動かす。
そんな子供みたいな彼女に、警戒されているよりも、安全だと思われている方がずっといいと思っていたが、まったく警戒されていないというのもそれはそれで、まずいような気がしてきた。
しかし、運ぼうかと問うて、イエスと返事が返ってきたのだから、その通りにするべきだろう。
二の腕を掴んで、引っ張り、横抱きにして持ち上げベットへと乗せる。
そんな簡単な動作だったのにフィーネを下ろして布団をかけるだけで、やけに疲れたような気がして、アルノーは早く自分の部屋に戻るか、とベットから離れようとする。
そうすると、細い手が伸びてきて、アルノーの手を掴む。
「…………いくの?」
少しだけ目を開いて問いかけるフィーネに、アルノーは、ひくっと頬を引きつらせた。なんせ、誘惑されているようなそんな気がしたからだ。それに、アルノーは心の底からフィーネの事が好きなので、疲れているときに無理はさせたくない。
「ああ、俺もそろそろベットできちんと休みたいからな」
「……そうね……」
同意はするのにフィーネは、アルノーの手をきゅっと握ったまま離さない。
振り払うことは簡単な細い腕だ。しかし、アルノーにとっては何よりも強く繋ぎとめる力がある。
「……少し、寂しいって言ったらあなたどうする?」
どうするもなにも、分かっていて聞いているだろうその言葉に、アルノーは、はぁとため息をついて、額を押さえた。
「…………困る、な」
それでも、あからさまに誘われているのだとしても、ギリギリのところで、アルノーは理性を保った返答を返した。
「……そう、よね」
しかし、しょんぼりとして簡単に手を離すフィーネにアルノーは、簡単に意見を百八十度変えて、ベットに乗り上げた。きちんと肩までかけてやった、掛け布団を剥いだ。
何故か硬直しているフィーネを少しだけ恨めしくにらみながらフィーネを押し倒したような体勢を取った。
そうされるとフィーネは添い寝でもしてほしかっただけなのか、少し驚いて、それでも抵抗するということもなく、視線を伏せる。
「フィーネ」
「……なあに?」
アルノーが呼び掛けてもフィーネは視線を上げることは無く、一言だけ返した。
前回に彼女が迫ってきたときには、覚悟だけはいっちょ前にできていたのに今回はそんなものもなく、単純に寂しかっただけのようで、少し怯えているのが感情を読めばすぐにわかる。
あと怒らせてしまったと思っているらしい。
いつになったら普通に夫婦生活をできるのか分からないほど進展が遅いのは、正直忙しさというよりもフィーネの問題が大きかった。フィーネは大人びて見えるが、まだまだ欠如している子供っぽい部分も多い。
そういうところを見てしまうとアルノーの方が駄目で、無理に抱いたり、フィーネの本位ではない事をやったって許されるような状況でも、それをすることができない。
だから今回も、フィーネを軽く抱きしめてそれから、彼女の隣で横になった。
手を絡めて「あったかいわ」と、うとうとしながら言うフィーネに「良かったな」と返しつつ、アルノーも眠りについた。
焦っているわけではない、けれども別に、早くそうできて困ることもないのだ。そう考えながら、フィーネの小さな頭をなでると既にフィーネは寝落ちしていて思わず笑ってしまうのだった。
朝方、いつもの時間になって目が覚めるとスッキリと頭が冴えていてフィーネはいい朝だ、さあ仕事を、とがばっと起きようとすると、何故か体が重たくて動かない。
目を開いてみたら、体が重たいのではなく重たいものがフィーネの肩に半分かぶさるようにして乗っているのだと気が付いた。
ふと顔を上げると、いつもは、もっと遠い位置にいるアルノーが下から見えた。
それは抱きしめられて胸の中に閉じ込められているから当然であり、重たい感触がとてもリアルだ。しかし、彼も眠っているようで、規則正しい心音がフィーネに伝わってくる。
……昨日、なにがあったのかしら。
テーブルでうたたねしてしまった事は覚えている。もしかして彼は、フィーネを運んでくれようとして、そのまま眠くなってフィーネのベットで眠ってしまったのではないだろうか。
……その可能性が高いわね。
あれほど疲れていたのだから無理もない、それにフィーネを運んでくれたのは確定だろう、それなら気持ちよく寝かせてあげるべきだろう。と、昨日のぼんやり寝ぼけていた時の事をまったく覚えていないフィーネはそう思って、アルノーの腕の中から抜け出すことはやめて、力を抜いた。
……男性経験はまったくだけど、ずっとアルノー様は私についてきてくれているもの、このぐらいの距離は慣れっこになったわ。
少し誇らしげに思う、フィーネだったが、アルノーがもっと先に進みたいと思っているとはまったく気が付かない。
フィーネが起きて少し動いたせいで、反射的にぎゅっと強くフィーネを抱きしめるアルノーに、少しドギマギしながら、こうしていると守られているようで落ち着くような気もしてくる。
心地が良くてそれから……。
スンスンと香りを嗅ぐと、清潔な衣類とベットの少し消毒みたいなにおいがして、それからお花のような香りがする。
アルノーはどこに行っても、そこかしこでフィーネの為に花を買ってくるので香りが移っているのかもしれない。
こんなに男らしい人物なのに、そんな香りがすることをフィーネは、ふふっと声を出して控えめに笑って、胸板にすり寄った。
こんな日々が続いて、ずっとそばに居られたらいいなと思う。
その気持ちはまぎれもなく、花瓶を渡すようなとても恋しいと思う気持ちで、同時に彼も同じような気持ちをフィーネに向けてくれているだろうことは、考えすぎるフィーネにも疑いようもない。
朝日が差し込んでいて、いつもは既に覚醒している時間だというのに、フィーネは暖かな体温の中でまどろんでいるとまた瞼が重たくなってきた。
ゆっくりと目をつむる。
また目が覚めた時には、彼も起こしてあげようかと思いながら、フィーネからもアルノーの大きな背中に手を回し、抱きしめあいながら、朝の早い時間を眠って過ごすのだった。