けじめ 4
「……ローザリンデ様、私がカミルとマリアンネを連れ去りに行ったところから説明してもよろしいですか?」
「ええ、構わなくてよ。お前はわたくしの助言を無視して、自らの信念を通すために手始めにこの二人を助けた」
「はい。心情的な面では確かに、確執はありました、でも二人は私に救われてくれた、そして信頼を置いてくれた、だからこそできたことです」
真剣に話す二人にカミルとマリアンネはそろって、お菓子を食べて、なにやら怖い雰囲気の精霊王とフィーネを見つめた。
「王族はこのままにしておくわけにはいかない。それは確かなことでした。そして多くの貴族もその考えを持っていた、その事実は感じていたと思います」
「そうね、国民感情にも不安がでていた、とわたくしも感じていましたわ」
「けれども、革命というのは血が流れる。元の土壌が良く、恵まれたこの地では資源を奪いあう血みどろの争いは、他国の侵略以外に起きたことがありません、そのため、多くの国民は国の中で争う事を嫌います」
ここまで考え至った結論に納得してもらえるように、根幹の国民性と感情につとめて簡潔に言う、それにローザリンデはさもありなんといった具合に頷いた。
「ですから、どれほどの愚王であっても革命家が立つには、まだ時間がかかった。しかし私は革命ではなく、既にお倒れになられているヨーゼフ元国王陛下のご意志を継ぐという形で、カミルに王位を継承させました」
「……その説明になっているのがマリアンネですわね」
「はい。ヨーゼフ元国王陛下は、テザーリア教団の流入を強く勧めていました。そしてこの国にいらしている大司教が認める象徴として、あがめられている聖女マリアンネがカミルと婚姻することによって、王の意思を継ぐという事、これが大衆に示したカミルが王位を継承する説明です」
難しくなりすぎないように、一度区切ってフィーネは話についてきているかと、カミルとマリアンネの方を見たが彼らはすでに、お日様の光に照らされて眠たそうだった。
……落ち着いてきたし、二人に教育を施す必要もあるわね。
そんな風に考えながら、フィーネは話の続きをする。
「しかし、貴族側からしたら、カミルを国王とは認められない大きな要因である顔の大きな痣があります。それについては、聖女としてでなく、調和師として、マリアンネが傍にいることで、初めてカミルは貴族としても王族としても認められることができる、二人は、なによりも理想の組み合わせでした」
「そうね。わたくしも、それについては同意するわ」
「ありがとうございます。ここまでの話で、多くの場合には、ハンスを排除することの説明ができていないと指摘されるのでそちらの説明をします」
話が、だらだらと長くならないように自分から、まだ説明できていない部分に触れて、フィーネは続ける。
「彼には、罪があります。国の魔力を売り払い、私益を得ていたこと、これをテザーリア教団との話し合いによって証明。そして、彼にはもう一つ罪を背負ってもらいました」
「魔物の襲撃事件ね」
「ええ、そうです。彼がそうして国を売っているといっても過言ではない行為をしたために国を守っている精霊を介して、魔物がそれを阻止するために動いていた、という説明をし、それによって被害を被った方々の非難をハンスにすり替えました」
……こうして口にすると、非情な事をしているわね。
「そして、魔物や精霊は国を守るために戦う事の出来る、神聖なものであり、カミルは、その象徴、転変すれば人は魔物になるが、それは決して忌避するだけの事ではないという私からのメッセージです。これによって少しづつでも外見による差別や、アルノー様のような、症状を持っている人が声を上げて、問題解決につながるよう、新しい調和師の家系であるディースブルクを知ってもらえるように私はアルノー様と国内を巡察しています」
そこまで言ってふうっとフィーネは一息ついた。現状までの説明は、わりとスムーズにすることができたと思う。しかしそれも当たり前であり、ここに来るまでに何十回と多くの人に説明をしていた。
フィーネの説明を聞いて、逡巡するローザリンデに、自分の理論に隙は無いと考えつつも、怒られたらどうしようかと内心焦っていたフィーネだったが、ふっとその顔をほころばせる彼女にホッとする。
「……うまくやりましたわね。フィーネ」
忘れ形見ではなくフィーネと名前で呼んでもらえたこと、一番納得してもらうのが難しいと思っていた彼女に認めてもらえたことは、フィーネにとって難関試験に受かったときぐらいには嬉しかったが、いつもより、笑みが深くなるだけで、やっぱり表情には出ない。
それをカミルとアルノーが心を読んで、やっぱりフィーネはフィーネだなと今度は彼女の事を微笑ましく思う。
「お前は、英雄にはなれないけれど、この国の安寧の歴史に必ず必要な存在だったわ」
そうとまで言われるとは思っていなくて、フィーネは少し固まってからローザリンデにかしこまったように「私なんかに勿体ないお言葉です」とそう口にするのだった。
ローザリンデがどんなやり直しをすることを想定して、前のフィーネの記憶を今のフィーネに渡したのかはわからない、それでも、問題を解決するという期待に添えたのならば嬉しい。
「……ローザリンデ様、私これからも、貴方様がつないでくださった命に報いるだけの人生を送ります」
……きっと後悔しないように、もうやり直したいと望む必要がないように。
口にするのと同時に考えると、ローザリンデは少し、悪女じみた笑顔を浮かべる。
「あら、後悔のない人生なんて味気なくてよ。わたくしは貴方が幸せでもそうでなくても興味ありませんわ。せいぜい、人と人の愛憎の中でもまれて生きていきなさいな」
「!……ええ、もちろん」
意地悪を言われても、フィーネはそれが苦しくなることは無かった。彼女という人物も、カミルやマリアンネから聞いて多少つかめてきているのだ。
フィーネとさほど違いはないのに年齢であるのに、彼女は彼女の責務を背負っている。そのことを考えるとフィーネにきつく当たるのも理解ができることだった。
「さて、わたくしはもう行くわ。……フィアンセが私の体を再起不能にするかもしれないし」
「うわー。それってフォルクハルトの事?怖すぎー」
「ローザリンデ様が大好きすぎるのも、考え物だよね」
二人そろって、ローザリンデの言葉にそんな風に反応する、それにローザリンデは、フィーネに向けるのとは違った笑顔で「まったくだわ」と笑って同意するのだった。
……笑顔の質が根本的に違うのよね。
まあしかし、これはいい事だ、フィーネの大切な二人が力のある存在に、愛されているのは、保険になる。
そんな打算もあってローザリンデとカミル達のやり取りを見ていたが、ポンと軽く肩をたたかれ、フィーネはびっくりした。
「俺は君が愛憎にのまれようとも、きちんと助けに行くぞ」
「……」
隣にいたアルノーにはどうやらそのローザリンデの反応に落ち込んでいるように見えたらしい。
そんな気遣いにふふっとフィーネは声を出して笑う。
きっと今のフィーネのアルノーに向けている表情も、他の人間に向けるものとは種類が違うだろう。
「……知っています。アルノー様」
「ならいいんだ」
そう言って、彼もほほ笑んだ。ローザリンデが帰ってからは、王宮のバルコニーでこじんまりとしたお茶会を楽しんだ。
ここに至るまでの、辛い記憶も、苦しみも、薄めて溶かすような穏やかな時間に、フィーネはただただ、こんな日々がずっと続けばいいなと思うのだった。