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『欠落令嬢は愛を知る』~妹に王妃の座も人生も奪われましたが、やり直しで女嫌いの騎士様に何故か溺愛されました~  作者: ぽんぽこ狸


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彼が救われた日 9






 部屋まで案内するから、カミルの体を殺してほしいと、懇切丁寧に頼んだ。そうしなければこの体も苦痛に呑まれることや、元に戻るすべはないと言い切って、一生懸命に説明した。


 それをフィーネは黙って聞いた。ここ最近は仕事ができる状態ではなく、眠っていることが多くなったフィーネは、カミルの話を黙って聞いて、それから、『僕の事を助けて』と縋りながら言うカミルの頭をいつもと同じように撫でた。


 それから、ベティーナやハンスにもここ最近向けなくなったその愛情が滲んだような笑顔で、カミルに言う。


「それがあなたの望んだこと?……どうしてもそれしかないの」

『ない、ないんだ。僕は、君たちみたいに生きられないよ。僕は、生まれてからずっとずっとこうだからもう戻れないし、戻りたくだってない……から』


 フィーネは珍しく言い募る彼の言葉が、半分ぐらい嘘を含んでいるのを見抜いていた。けれども、状況は複雑で、もうすでに終わりを待つしかない自分にカミルに、希望を説くことなんか到底出来っこないのだった。


 だって、それがどんなに良くない事だとしても、カミルはそれを望んでいて、他に手段がないのだから仕方がないのだ。そしてそれを頼まれたのだから報いてやりたいと思ってしまった。


 ここに連れてこられてからの辛い日々を側にいて、笑っていてくれた彼が苦しむところは見たくない。フィーネは自分のやりたくない事でもやらなければいけない状況にすることと、それをやることは得意だった。


 けれども、恩のある相手にそんなことをするなんて本来、許されるべき行為ではない。本人がそう言っていても説得するのが本来の、彼の為にやるべきことだろう。

 

 そう糾弾されるかもしれない、それはたしかに間違ってはいないのだが、理想論だとフィーネは思った。


「……私の中に確固たる信念と、希望があれば、きっと私は貴方の望むことではなく、貴方のためになるように動いた」

『……どういう意味?』

「カミルのお願いを効くのは、私が不甲斐なくてどうしようもないからという事よ」

『どうして、そんな話になるわけ?』

「……貴方に希望を与えてあげられなくてごめんね」


 フィーネの中では子供は守るべきものであり、こんなことは間違っていると言い切れる。それでもそうするしか、現状を維持する方法がないのならばそうするしかなく、それらはすべてフィーネの責任だった。


 そんな考えをするフィーネに、カミルは『なんで君がそんなこと背負うのさ』と言った。


 カミルが頼んだことなのだ、フィーネの責任じゃない。そのはずなのに、そして本意ではないのに、飲み込んでカミルの為に動いてくれるフィーネに、彼女が終わる日まで、ずっとそばに居ようと誓ったのだった。


 カミルがフィーネによって”救われた”のはそれから数日たった彼女の体調のいい日だった。


 その日もいつもと何ら変わらない日で、陽光の入らない部屋でカミルは、その時を部屋の外で過ごしていた。カミルのサポートと案内でこの部屋に来たフィーネは果物ナイフを携えて、カミルの元へと進んでいった。


 簡素なベットに横たわっていたのは、フィーネより少し年下の青年で、今ではもう精神体の彼とフィーネはだいぶ歳が離れてしまっているが、本来の歳の差はそれほどなくて、勢いよく抱きつかれたらフィーネの体が折れてしまうぐらいには体が大きくて、それに、声だって今の高くて柔らかな少年の声ではなかったはずだろう。


 こんなに、大きくなっているのに、中身は少しひねてて、けれども純粋な彼なのだ。


 大きな顔の痣なんてフィーネはまったく気にならなかった、むしろ愛嬌すら感じるというのに、彼はこれがあっては生きられない。あっては困るものなのだ。


 だから、フィーネはカミルの上にまたがって、ゆっくりと首にナイフを押し付けた。もう長らく流していなかった涙が、いっぱいフィーネの瞳から流れ落ちて、重たい刃先を引けば、血しぶきが上がって真っ赤に視界が染まる。


 ……どうしようもないわ。私、もう本当に馬鹿ね、わたし。


 そのまま、部屋を出てカミルを連れて部屋へと戻った。珍しく泣いているフィーネにカミルは抱きついて、今日は彼女の頭を撫でた。


『ありがとぉ、フィーネ。ありがと』

「っ、……。……」

『僕、君のそばにいるから、君が助けてくれた事ずっと恩返しするから』

「……はっ、……」

『フィーネ、僕の大切な人』


 そんな風に言うカミルにフィーネは、罪悪感ともいえないような、なんとも言えない気持ちを抱えていた。彼がこれからは辛い思いをせずに生きていけるという安堵、しかしこんな日々がいつまで続くのかという不安。


 いろいろな感情があって、しかし、この選択は刹那的で、希望的なものではない事だけが事実であり、もうどうしようもないのだとあきらめがつくような気がした。


 ただいまは、カミルがただ、不安に怯えないのであれば、それでいいとおもう。もう二度と本物の彼と会えないのだとしても、それでもよかった。







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