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彼が救われた日 6




『……』

「貴方の保護者と貴方の関係性に問題はない?子供の将来を奪うなんてやってはいけない行為だわ。でも私が話をつけることは、生憎できないけれど、手紙くらいは書けるわよ。……どうかした?……貴方、すこし、ハンス殿下に似て……」


 カミルが予想すらしていなかった心配の嵐に呆けていると、フィーネは、やっとカミルの身の上に察しがついた。ここまで気が付かなかったのも不思議なくらいだが、身の上に察しが付くと同時に、今度は悲しそうな顔をした。


「あ……貴方。そういう事なのね……カミル」

『僕のこと知ってるんだ』

「……実在していると知ったのは、この王宮に来てからだけれど……眠り続けているって……」


 ぐっと眉間に深い皺を寄せて、彼女はふっと短く息をついて、それからやっぱり薄っぺらな笑みを浮かべた。けれどもそれだけではなくフィーネはカミルの事を柔らかく軽く抱きしめた。


 それから簡単に離れていって、頭を撫でる。


「私に何か用事があったのかしら?それとも気まぐれ」

『きまぐれ、の方』

「そう、子供が遊びに来てくれるのは嬉しいわ。私、こう見えても子供が好きなのよ。ゲームでもする?」


 フィーネはにっこり笑みを深めてカミルにそう言った。カミルは見ている限りとても優しそうな人だなとは思っていたが、ここまで今あったばかりのカミルに興味を示して、歓迎してくれるとは思っていなくて、それに、一度もされたことが無かった子ども扱いに少しだけ反発した。


『ぼ、僕、そんなに幼稚じゃないんだどっ』

「そう?カミルはとても可愛らしい顔をしているからわからなかったわ」

『そんなことないしっ、全然まったく!』


 必死に否定するカミルをフィーネは、ほほえましく思って、丁度いい位置にある小さな頭をよしよしと撫でて、お菓子でもだしてあげられたらなぁ……と今の自分の不甲斐なさを情けなく思った。


 そんな感情を持っていることはカミルはまったく知らなかった、けれどここに来てからずっと観察していたカミルは、フィーネがちょっとだけ凹んでいるのだということは察することが出来た。だから自分のプライドを捨てて、フィーネを見上げた。


『で、でもゲームはする。チェスとかにしてよ?』

「え、ええ!そうしましょう。良かったチェス盤だったらあるはずだから」


 そう言いながらいそいそと棚をあさって、ニコニコする彼女は、カミルにはあまり馴染みのない属性を持っている気がして、頭を撫でられた時に感じるフワフワした優しい気持ちは、一体何なのだろうかと不思議に思った。


 それから、カミルは、マリアンネとフィーネの二人と交流を持った。


 フィーネにはマリアンネの事を話さなかったが、マリアンネにはフィーネの事をカミルは話した。


 それには、フィーネがマリアンネの事を従妹だというのに、まったく知らない事や、逆にマリアンネはフィーネの事を知っていたという理由があったが、それ以前にマリアンネの現状が酷く、それをフィーネに話すと彼女に心労をかけてしまうからだった。


「は、……あぐ、っ、ひ、んへへ」

『君って変な笑い方するよね』

「ん゛っ」

『ご、ごめんっ痛かった?』

「え~?……えへ、だいじょーぶ」


 散々殴られたせいで、頭がくらくらして妙な声を出すマリアンネをカミルは清潔なタオルで傷を拭ってやる。痛みに拳を握って我慢しながらマリアンネは大したことがないように、変な笑い方をしながら小さく蹲った。


 ベットは長らくシーツを変えていないせいで、血で汚れ赤黒く染まっていた。今日、新たに切られた背中の傷をカミルは治すつもりでここに来たのに最近は傷の治癒さえ、マリアンネは拒絶するようになっていた。


 だからこうしてせめて膿んでしまわないように、優しく綺麗な水で濡らしたタオルで拭ってやるのだった。


『本当に治さなくていいの?これ、くっつくと思えないんだけど……』

「……いいの。……いいんだよ。痛いだけだから」


 彼女の背中の傷は大きく切り裂かれた肉の間から、筋肉の繊維なのか、骨なのか分からない白いものが見えていた。そしてその傷から拭っても拭っても真っ赤な血液が流れ落ちていて、白いタオルを赤く染める。


『でも……』

「いーから。どうせ、カミルももうすぐなんでしょ。私、そんなに長く生きる気ないし」


 マリアンネが引き合いに出してきたのは、カミルが自殺をする日の事だった。カミルの体を殺して、完全に魔物になるその日、カミルは人ではなくなる。

 

 それをマリアンネは、いいことだとは思えなかった。ここに来てから長い間、カミルとともに時間を過ごして、傷を癒してくれた彼が、後戻りができなくなることが、マリアンネにとっては自分の自殺を止めたくせに、先に行くのかというやるせない気持ちを生んでいた。


 それに、カミルはなにも、心の底から消えてしまいたいと思っているのではない、家族に、世間に、世界に認められたいと思う気持ちがあることをマリアンネは聞いていたし、それなのに自分からいなくなることを望むなんていうのは、ずるいのだ。


 カミルとマリアンネはとても仲が良かった、だからそんな言語外のマリアンネの気持ちもカミルは知っていたし、理解もしていた。けれども、カミルがここで思いとどまったって、どうにかする方法もない。


 ただ、カミルもマリアンネも既に詰んでいて、終わっている存在なのだ。


 だから、あきらめずに生きようなんて二人とも思わない。だってそれは、所詮ただの現実逃避で、ありえない事に希望を持てるわけも無かった。


『……マリー、君は僕とは……違うよ』

「いいよ。そんな話は、どうだってさ!……っ」


 少し声を張った彼女は、その動きが傷に響いたのか体を震わせて痛みを我慢した。それにカミルもいつもの調子で『もー、あんま無理しないでよ』と言いながら、肩をさする。


 荒い呼吸をして、マリアンネは顔を上げた。


「ねね、そんなことより、フィーネの話をしてよ」

『聞いて楽しい?会ったこともないんでしょ』

「楽しいよぉ?だってフィーネは私のお姉ちゃんになってもらうんだから、沢山彼女のこと知っておかないとねっ、んへへっ」


 元気にそう言うマリアンネに、カミルは何故マリアンネが、フィーネにそれほど興味を示すのかわからなかった。そして何故か、あったこともないのに、マリアンネはフィーネの事を姉にするのだと意気込んでいた。


 フィーネは子供好きだし、実姉妹ではないベティーナにもこんな目にあわされているのに、未だに愛しているという言葉を言うぐらいには、愛情深い人間だ。


 マリアンネが急に、姉になってくれとやってきても受け入れそうだと思ったが、それはそれで人としてどうなんだとも思う。


「それで、認めてもらうの。……いつになるか分からないけど……きっとよ」


 それでも、マリアンネにやりたいことがあるのはいい事だと思うし、同意してあげて、フィーネの事を話そうとしたがマリアンネは続ける。


「でも認めてくれないなら、認めてくれるまで私がされているようなことお姉ちゃんにするっ」

『……な、なーんでそうなんのか、意味わかんないって』

「だって、そのぐらいはいいと思う。許されるはずだと思うんだ」


 言いながらマリアンネはふと顔を上げた。背中を圧迫してできるだけ血が流れないようにしていたカミルに振り返って、チュッとキスをする。


『!』

「そう思うでしょ。カミル」


 今まで膝を抱えていたことによって見えていなかった、胸元が見える。もちろん、怪我の手当てをするために、ぼろきれでできたワンピースは腕を抜いて、腰まで下ろしていた。


 それなのに隠すこともなく、カミルに振り返って笑顔を見せるマリアンネに、女性というのは身近な人間にはこうも無防備なんだなぁと見当違いの感想を持った。


 フィーネもよく抱きしめてくれるし、きっと、カミルを好意的に思ってくれるとても仲のいい女性というのは、こういうものなのだと思い込んでいた。


『どうかなぁ』


 そんな曖昧な返事をして、ハンスとの会話を逐一記憶してファイリングするという奇行を取っているフィーネの話をマリアンネにしてやった。


 えへえへ笑うマリアンネの声はとても楽しそうだけれど、たまに痛みに襲われてもだえる彼女に声を掛けて、慰めながらその日を過ごした。






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