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彼が救われた日 2





 アルノーは忍耐強く、二、三時間ぐらいフィーネの事を抱きしめていた。フィーネのまたとないお願いだったので、いくらでも聞いてやろうと年上らしく頼れる旦那になろうと、声もかけずにずっとそうしていた。


 しかし、いよいよ体が限界になって、身じろぎするとフィーネは、こてんと倒れて、体は力なくアルノーに体重を預けた。


「……寝てる……」


 随分静かだとは思っていたが、まさかすっかり自分の腕の中で眠ってしまっているとは思わなくて、自分の目を疑ったが、どう見ても彼女は寝息を立てていて、起きそうなそぶりもない。


 ……子猫みたいだな。昨日まであんなに警戒していたのに。


 先日までの彼女の常にまったく変わらない笑顔を思い出してすこし、ぞっとする。あれは流石のアルノーだって拒絶を感じてさみしかった。


 しかしながら、今日こうしてきちんと向き合ってみると、彼女は割とすんなりアルノーの事を思い出し、こうしてアルノーに抱きしめられながら眠ってしまうのだ。


 その無防備さがなんとも言えない庇護欲を掻き立てて、堪らない気持ちになる。


 ベットに運んでやろうか、だかしかし、持ち上げて起こしてしまっては可哀想だろう。となればここで暫く、このままここで眠らせてやればいい。きっとそのうち目を覚ます。


 そう思い、クッションを枕にして寝かせてやろうかと思ったが、先刻の、「こうしていて」というフィーネの言葉を思い出して、起きた時にフィーネが不安にならないように、と考えて、子供にしてやるみたいに、腿を枕にしてフィーネの事を寝かせた。


 そうすると、ベンチの座面に小さく収まるように蹲ったまま眠る彼女が年相応にまだまだ幼く見えて、なんでもできるのに、こんなに小さいことが悲しくなった。


 本来守られて当然な年齢であり、一人の人間として背負う責任は、まだ彼女には無いはずなのに、あれこれと考えて、やってのけるフィーネは頑張りすぎだし、頑張りすぎなければいけない状況にある。


 改めて、その小さな背中に似合わぬものを背負っていると思わざるを得ない。


 そんなことは大人に任せてフィーネは、友と時間を過ごしたり、趣味に時間を使ったりしていていいのだ、と言うのは簡単だ。しかし、そんな子供だましではきっとフィーネは満足しない。


 実際に動かない人間をフィーネは笑顔で切り捨てるだろう。そしてまた一人で抱え込みなんでもやろうとする。


 ……俺は、正直なところ、政治に興味はないんだがな。


 それがアルノーの本音だった。政治というのは、有能な統治者がいれば絶大な力を持つ大きな権力だ。しかしながら、無能が治めればそれは個の力でも簡単に御することができる、ちっぽけなものである。


 個といってもこの場合、フォルクハルトやアルノーのような、一騎で魔物を討伐できる程度の個の力だ。それがあれば今の王族だって屠ってそれから、適当な理由付けをして新たな王を立てればいい。


 それが一番簡単に、無能な統治者を変える方法だ。しかし、だからこそ、アルノーは手を出さない。


 簡単にできてしまうが、その新たに据えた統治者がさらに無能であればアルノーが一人で殺せる人数の数百倍の人間がばたばたと死んでいくことになりかねない。


 そうなった場合の責任などとれるわけもなければ、そんなものを求められても困る。なんせ、壊して消し去ることは簡単でも、育てて作り出すことには長期的な安定が必要なのだ。


 だからアルノーはそんなことを簡単にはしないし、自分にはその才能はないと思う。だから、なにかのために動くことは多くない、仕事はするが、誰かの権益を守ることは無いし、人命は大切にするが、究極、育ててくれた恩のある家族以外の命は興味もない。


 思想もなければ今の国の情勢など興味もない。なにかがあっても、父はうまくやるだろうし、母も多少うろたえるだろうが、父を支えることができると思う。


 なので国がどうなろうと、耐えかねた革命家が出てくるのを蚊帳の外から待っているつもりだった。


 しかしまあ、厄介なことに、人生で一番大切な人が、その政治という面倒なものの当事者のようなのだ。それも、相当に中枢の。


 自分にはもう関係がないから、アルノーに守ってもらえるのだからと目と耳をふさいでこの場所で幸せになってくれるのが一番いいが、その希望は彼女自身を否定することになりかねない。


 そして今、彼女はそのことで思い詰めているらしいという話をフィーネの側仕えから聞いている。


 ……フィーネは王妃になることを前提としてあの時から育てられているからな……。


 ヨーゼフ国王陛下が転変してしまった以上、あの王太子と、フィーネの妹であるベティーナが国を治めることになる。それをよしとすることは出来ないのだろう。


 しかし、その具体的な案までは、側仕えたちにも知らせてはいないようだった。


 ……仕方ない、さっさと片付けるか。


 フィーネが思い悩むことがあるのならば、それを解消して、早く、屈託のない笑顔を見せられるようになってほしいし、フィーネがもし沢山の人間を殺すような統治者を選んで据えたとしても、その責任ぐらいは一緒に背負ってもいいかと、気楽に考えた。


 そもそも、アルノーにはこの国の貴族も、平民もみんな総じて、どうなっても構わないと思ってる、フィーネが幸せに生きられるような、かりそめでもなんでも幸せが必要なだけで、誰がどのような残酷な死に方をしようとも、摂理という物だ。


 疾患を持って生まれついたアルノーは、死にたいとすら思うほどに、苦悩しかない人生だった。


 それを決してだれも助けられるわけではなかったし、皆が皆、自分の悲嘆にくれるだけで、アルノーを迫害し、追いやり、摂理として死んでいくしかなかった。


 しかし、フィーネだけはその必要はなかったのに、まったく利にならないのに、アルノーと普通に話して、普通に治して、その摂理を捻じ曲げた。その彼女がアルノーにとって唯一の、幸せでなければいけない人なのだ。


 薄情だとアルノーは自分でも思っているから、それは誰にも言わないし心を読ませるつもりもない。


 けれども、その信念に基づいて行動するし、いつか王妃になったフィーネを守るためだけに強くなった力を、今は、自分の妻として幸せにするために使おうと考えるのだった。






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