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真実の記憶 12





 いつの間にか幼い二人は、”華がある”の華の話をしていて、小さい頃の勘違いも、彼がこの時からフィーネに優しかったことが、嬉しいんだか恥ずかしいんだかわからなくなって、俯いた。


 そんな反応がいじらしくて、赤くなった耳をアルノーは指でなぞった。そうするとフィーネは飛びあがらんばかりに驚いて、小さい身長をさらに小さくして耳を庇うように押さえるのだった。


「それで、どこまで進めればいい?その間の君の記憶も俺が読むことになるが問題ないか?」

「……、え、ええ。大丈夫よ。この日の夜まで、深夜、日付が変わる前よ」


 フィーネが了承して、アルノーに瞳を向けると、彼はフィーネの額に触れて、目をつむり難しい顔をした。これで記憶が読めるのかと改めて魔法のすごさを感じつつ、大人しくしていれば、ふっと煙が空気に溶け消えるように、今の情景が消える。


 アルノーとフィーネだけを残して世界は真っ白に包まれる。立っている場所も地面があるのかないのか、わからないような真っ白さで、遠くにフィーネの思い出したく無かった記憶がぼんやりと移っていた。


「寝室だな。多分、君の母親のだろう」

「……」


 フィーネの額から手を離してアルノーは感想のように言う。言われなくても自分の記憶だ、どこにいるのかは知っている。


 それよりも嫌な動悸がして、しかし、これを二人で見ない事には今までフィーネがすっかりアルノーの事を忘れてしまっていた説明ができないだろう。


 起きてから、この出来事を冷静に説明できるとも思えない。今この場で彼に知ってもらった方がいい。


 それはわかっているのに、足は重たく動かずに、その場所へと向かう事を拒絶していた。


「なにか嫌な記憶なのか?」

「……この時間に至るまでの記憶は見ているのでしょう?」


 口に出したくなくて、フィーネはアルノーに少し当たるようにそう言った。彼はフィーネの手を取りつつ、「ああ、そうだな」と肯定だけして、歩き出した。


 手を引かれると歩くことができて、その記憶のなかへと入っていく。それは不思議な感覚であり、中に入ると一瞬で白い世界は消えて、慣れ親しんだタールベルクの母の部屋にいるのだった。


 灯りはベットサイドにある燭台一つしかなく、部屋のなかは薄暗い。


 母の使っていた香水の匂いがして、ぐっと奥歯を噛みしめた。


「……君が忘れたい記憶をわざわざ見る意味はあるのか?」

「貴方の事、忘れていたのはこれが原因だから……」

「それは俺の為か?」

「……」


 そうだと言ってしまうと彼に責任を押し付けてしまうような気がしてフィーネは口を閉ざした。確かに、彼の為でもある。けれども、それと同時にその時にきちんと受け止められなかったフィーネの落ち度でもあるのだ。


 そんな、繊細な情緒を読み取り、アルノーは言う。


「俺が一人で見てくる……君は眠っていていい」

「……」

「無理をしないでくれ。君に罪はないんだろう?自分を責める必要はない」


 彼の優しい言葉は、あの日の出会った時のままで、フィーネの事を考えてくれている。だからこそ、フィーネは自分自身、情けない人間ではいたくないとも思うのだ。


 ……でも、許してくれるのなら。


 そう思って彼に一歩近づいた。握られている手に力を入れて、少しだけ寄りかかるように、彼に体重を預けた。体感のしっかりしている男性の体という物は寄りかかってもびくともしなくて、それに合わせるように肩を抱いてくれるアルノーの体温は、心細い気持ちを消し去ってくれる。


「……大丈夫。ここにいるわ」

「そうか」


 そう言いつつ二人で寝室の奥の方へと入っていく。ベットには、細い呼吸を繰り返す、今のフィーネとよく似ている母親であるエルザ、それからそばの子供用の座面の高い小さな椅子に座って彼女の手を必死に握っている幼いフィーネの姿があった。


 他に誰の姿もない、エルザの生家であるバルシュミューデ公爵家が解体されてからというもの、碌に医者を呼ぶこともできない状態だった。


 妾として入ってきたビアンカに、当主であるエドガーがいない時の屋敷の指揮権をすべて握られてしまったが故に、そんな状態に陥っていた。


 しかし病床に伏せることが多くなったエルザだったが、そんな中でも調和師の力を使って、カミルという王族の中から転変の予兆のある子共が生まれたのを足掛かりにし、フィーネと王太子であるハンスとの婚約を結ばせたのだった。


 そんな大役を終えて、エルザはさらに活動していられる時間が短くなっていた。元より体が弱く、単なる風邪であっても命の危機になる程度には弱っていた。


 母親のやせ細ったまるで老婆のような手を、小さいフィーネは必死に両手で握って、声を掛ける。


「お母さま。お母さま。苦しくない?お水をもってきましょうか?」

「……」

「お母さま、おでこの濡れタオルを変えましょうか?お母さま」


 言い募るフィーネにエルザは、起き上がることもなく、細く呼吸を繰り返していた。唇は渇き、瞳は空を見ている。意識がもうろうとしているのだろう事は簡単にうかがえた。


「お母さま、お手手が氷のように冷たいわ。本当にお熱があるの?」

「……」

「おか、お母さま。やっぱりビアンカお母さまにお願いしてお医者様を呼んでもらいましょう」

「……」

「お母さま、おかあ、さま。私、お願いしてくる。きっとそうすれば良くなるはずだもの」


 フィーネが椅子から降りようとすると、エルザの手が少し動き、それから、掠れた小さな声でなにかを呟く。


「聞こえないわ。でも行かない方がいいの?ここにいればいい?お母さま」

「……」

「大丈夫よ。やっぱりここから離れない。私はお母さまのおそばにいるわ」

「……」

「きっとよくなるって言っていたものね。今日もこの前と同じよ、お風邪がひどくなっただけだもの。大丈夫です」


 誰を励ましているのか分からないようなことを小さなフィーネは言いつつ母の手を摩り、今までとは比べ物にならないくらい衰弱している母親に声を掛け続ける。


「お母さま。きっと大丈夫よね。……お母さま、……お母さま……」


 それからしばらく、小さなフィーネはエルザの事を呼びつづけながら、一生懸命に笑みを浮かべて、こんな深夜の時間でも眠たそうなそぶりなど一切見せずに、母親のために尽くした。





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