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真実の記憶 10




 今、彼に縋りついて、その胸元で泣いたらどんな気分だろう。なりふり構わずに、今まであった辛いことも考え事も不安も全部吐き出して、泣きわめけたらどれほどだろう。


 そう思わずにはいられなかった。しかしそれは、姑息な手段で自分勝手であると思うし、それは逃げ以外の何物でもないと思う。


「っ、……」


 しかし、フィーネの思考とは裏腹に、彼の手を握り返し、指を絡めたくなった。そう勝手に体が動いてしまう。


 それでも嫌われたくないと本能が叫ぶのを無視して、笑みを浮かべながら、口を開いた。


「あ、貴方の、その気持ち、その、私の力のせい、らしいのよ。う、嬉しいけれどっ……アルノーさま、の本心では、なくて」

「……」

「ちょう和師の、ちからの一部だって、っふ……さいきん、知って、貴方をあやつって……く、ご、めんなさい」


 言いながらまた泣けてきてしまって、震えながらフィーネは言葉を紡いだ。どんな反応を返されるのか、怖くて、けれども、それが自分の罰なのだと、彼をいいように使った自分への粛清なのだと言い聞かせて、彼の反応を待った。


「……」


 アルノーはきょとんとしてそれから、すぐに怪訝そうな顔をする。眉間にしわを寄せ、眼光鋭くフィーネを見た。


 それが、息が詰まるくらい怖くて、目の前がちかちかした。それからくらくらして、そんな状態でも薄ら笑みを張り付けたままでいられるのは、フィーネの悪い所であった。


 ……お、怒ってる。当たり前よ。当たり前じゃない、ああ、着の身着のまま放り出されて放浪する生活もきっと悪くないわ。大丈夫よ。生きられるだけ生きたらいいのよ。無理しなくてもいいわ。


 そんな風に自分を慰めてやった、しかし慰めになっていない、というか思考は支離滅裂だった。そんなフィーネの心を知ってか知らずか、アルノーは無理矢理な笑みを浮かべる彼女の頬に触れて、少し怒っているのを隠さずに言う。


「いくら君でも、俺の気持ちを否定されるのは、心外だ。訂正してくれ」


 そうは言ってもフィーネだって、否定したくてしているのでなない。むしろ、この情報が嘘ならどれほどいいか。そう思うけれども、うんと首を縦に振ることは出来なくて、フルフルと彼の言葉を拒否した。


 そうすると、アルノーはまた少し黙ってそれから、思案顔のまま言う。


「そんなに俺の気持ちが、理解できないし納得もできないのか?君の言う力がかかっていたとして、それはそんなに君を追い詰めることか?」

「……た、確かな情報だし……ここまでしてくれるのだって、全部、貴方の意思ではないのだと、したら私は、申し訳が、なさ過ぎて、同時に、情けなくて……ふっ、ぅ」


 言葉にしてしまうとまた鼻の奥がジンとして、短く呼吸をして堪える。


「誠実すぎるのも考え物だな」

「……怒ってくださって、いいから、私の事放り出してもいいから、もう。愛してるなんて言わないで、ください。ごめんなさい」

「……」


 ここまで言えば、アルノーだって考え直して、きっと自分の感情の矛盾点に気が付くはずだと、すべてを話せてやっと、苦しかった呼吸が楽になったような気がして、はあっと息をついて、涙をぬぐった。


 しかし、やっぱりアルノーは怒ったような表情のままフィーネの事を見ていて、怖い事には変わりがなくそんな感情をきっとアルノーは読んでいるはずなのに、低い声で、瞳を鋭く細めながら言う。


「あまり、気は乗らないが……仕方がないか」


 そうつぶやくように言い、フィーネの頬に触れている親指で優しくなでた。


「な、なにが、ですか?」

「君がどうにも頑ななようだから、実際に見てみればいいと思ってな。君

、精霊の記憶を見たことがあるか?」


 ……精霊の記憶……。


 心の中で復唱して、それからローザリンデに見せられたあれの事かと思う。もう、あんな酷いものは見たくはない。マリアンネの記憶は違うとはわかっていつつも反射的に身を引いた。

 

 けれども、アルノーはもうすでに決めているとばかりにフィーネの事を離してはくれない。


「大丈夫だ。怖いことは無い、少し眠るだけだ」

「あ、……っ」

「それに俺に、この君を愛している感情を嘘だと認めさせたいんだろう?俺は正直、事実はなんだってかまわないんだが、君の納得がいかないようだからな、我慢してくれ」


 両頬を包み込むようにやんわり押さえられて、逃れようとその手をぐっと押すのにまったくもってブレたりしない。優しい人であるしフィーネには甘い所のあるアルノーだが、一度決めれば思い切りはいいのだ。


 そして、無自覚に押しが強い。そんなわけで、フィーネの子猫のような抵抗はまったく意味をなさずに、こつんと額と額を合わせられて、急激に眠たくなってくる。


「あ、やだ、ぅ……」

「君は頑固だからな。俺もこのくらいはさせてもらう」


 瞳が閉じる直前に、そんなアルノーの声が聞こえてきて、力がすっかり抜けてぱたりとアルノーの方へと倒れこんだ。


「しかし記憶を見るのも嫌がるなんて、誰かに、嫌なものでも見せられたのか?……まさかフォルク」


 考え事を口に出しつつも、フィーネの事をきちんとクッションを枕にして座面に横にならせた。これで起きた時にもバランスを崩して転倒する危険もない。


 あとは、アルノーも彼女の記憶に付き合うだけだ。流石に怯えているフィーネを一人で放り出すようなことはせず、すぐに彼女の記憶の中で合流できるように、窓を背もたれにして目をつむった。






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