真実の記憶 4
膠着状態のまま、数週間が経過した。流石にその間も考え続けていただけではない。フィーネはローザリンデに手紙を出した。
内容としては、どうか、マリアンネを守ってくれないかという打診だった。しかし、ローザリンデの考えに賛同するわけでない。だからと言ってこのままでいいとも思っていない、今のままの王家ではきっとハンスが王になるし、マリアンネもカミルも救うことができない。
けれども、誰の協力もなしに、フィーネが一人で動いて平和に解決する事は不可能だ。最低限、アルノーに無理をして協力してもらうしかない。
そうだとしても、これ以上、彼から奪うことはしたくなかった。
であれば選択肢は二択だ。わがままだとわかっていても、マリアンネだけを救って、ベティーナを見捨てる選択をするのか。自分だけ助かって、マリアンネもカミルも救えずにベティーナが破滅していく未来をアルノーに守ってもらいながら見ていくのか。
その二択だけがフィーネに出来ることのように思えた。他に何かないのかと思考をどれだけ巡らせても、フィーネは結局、どんな手段をとっても魅了の力で他人の行動を自由を奪ってしまう。
それはやはりフィーネにとって忌避すべきとこで、そのデメリットを加味しても動くべきとは思えなかった。しかしだからこそ、起こせる行動が一つだけあった。
それは、この面倒事に関わらせないようにすることができる唯一の人物で何人もをその力にかけてしまったフィーネの贖罪でもあった。
……やり方はわからないけれど、その力の事を話をして自覚してもらえば解けるかもしれない。それにもう随分協力もしてもらった、もうロジーネ様は進む道があるのだから頼るのはやめるべきなのよ。
寂しく思う気持ちと、そんな力をかけていたのかという罵りが来るのではないかという恐怖を押し殺しながらフィーネは彼女の到着を待っていた。
それに今日は、アルノーも仕事の休みが取れてあれ以来久しぶりに帰宅しているのだ。屋敷に戻ったら、彼とも話をしなければならない。しかしその予定は、思ってはいけないとわかっていても、憂鬱でありフィーネの気持ちを暗く陰らせていた。
そうであってもフィーネの表情は明るい。いつもよりも少し華やかなドレスに身をつつみ、馬車でやってくる友人をディースブルク辺境伯邸の正門で待っていた。
フィーネは王都へと向かうことは出来ない、それでもロジーネに話をしたいことがあると手紙で伝えると、彼女は快くディースブルク辺境伯領地まで足を運んでくれると言った。
そしてこの町は他国からの流通の要になる大きな街道と、それらを運ぶ仲介地点となる大きな町があるのだ。行商人が多く通るために様々な品物が売られているのが特徴で、せっかくディースブルクに来るのだから行ってみたいと、ロジーネに言われた。
なので、今日は街に降りて散策することになったのだ。
本当は、落ち着いたところで話をできるのが一番だったけれども、他でもないロジーネの要望だ、断る選択肢はフィーネの中にはない。それにたとえ最後だとしても、友達と一緒に街を歩いて回るのが楽しみだった。
……タールベルクの街を歩くのは、いつも一人だったもの。
だから、楽しみな気持ちもあったのだ。しかし、伝えなければならない事を考えると気が重たくて、そもそも楽しんでいる場合ではない。そう思うとここ最近の寝不足のせいで頭がくらくらとして、軽い頭痛まででてくる。
こんなに天気の良い日だというのに、その太陽がまぶしくて嫌になってくる。
「フィ、フィーネお嬢様っ体調がすぐれないのですか?」
フィーネと一緒にロジーネを待っているエレナが心配そうにといかけた。顔には出ていなかったはずなのに、気取られてしまったことにフィーネは驚きつつもそれほどでもないので、かぶりを振って笑みを深める。
「あまりにもいいお天気で、陽光にあてられただけです」
「さ、さようでございますか……その、気温はそれほど高くないので必要ないかと思ったのですが」
そう言いながら、エレナは、屋敷を出るときから持っていた無地の大きな鞄から、婦人用の日傘を取り出す。
ほかにも、鞄を開いたときに、沢山の物が整理されて詰められているのが見えて、フィーネは瞳をパチパチと瞬きした。その反応にエレナは困ったような顔をして、フィーネはいけないと思い直して日傘を受け取った。
「ありがとう、ございます。その、準備の良さに驚いてしまって」
「……今日は私たちもおそばにいない状態でのお出かけですもの。せ、せめてこうしてぎりぎりまでは、フィーネお嬢様が快適に過ごせるように試行錯誤するのは、と、当然だと……私は思っているのですが」
そんなことは無い。しかし、主人の考え至らなかったものまで用意して、先回りして対処できるというのは、素晴らしいことだと思う。よく見ていてくれるというか、なんというか。上手く言語化できないが、いつもの通り口を開いた。
「そんな風に仕えてもらえて、とても嬉しいです、エレナ。使わせてもらいますね」
「ええ、フィーネお嬢様」
当たり障りのない言葉を返しただけのつもりだった。しかし、口にしてみるととてもしっくりきて、自分がうれしいのだと再認識した。
そしてそれと同時に、なんだか最近、押し込めることもなく、自分自身の感情の起伏に疎くなっているような気がした。自分の感情の声に耳を傾けると、それがここ最近はいつだって、すべてわがままのような気がしてきてしまうのだ。
日傘を開くと、その傘は内にも外にも美しい花の刺繍がされていて、強い外の日差しも気になることは無い。それにやっと安堵できた気がしてほっと息をついた。しかし、このエレナだって、物扱いをすることになってしまうが、アルノーから与えられたものである……。
と思考を繰り返そうとしたときに、馬車がやってきた。ガタゴトと音を鳴らしながら石畳の道を進んでくる。ほどなくして、フィーネたちの前に止まり、従者を従えてロジーネがおりてきた。
彼女は、髪を一つに結い上げていて、前回会った時から半年以上も経ってしまったからか、それとも環境の変化によるものなのか、以前よりも少しだけ大人びて見えた。
肩には見習いの魔術師である証のローブを身に着けていた。
「……久しぶりですね。ロジーネ様」
「ええ、フィーネ。今日この日を心待ちにしていました」
その笑顔の中には、あの日は無かった自信の色がうかがえて、今のフィーネにはどうしても眩しく映る。しかしそれに妬ましいという気持ちもなく、先程まで、真実を伝えた時の反応が怖かったはずなのに、会ってみればどうしても久しぶりの再会を嬉しく思う他なかった。
お互いに側仕えに別れを告げて、どちらともなく街の方へと足を進めた。今日は沢山歩くために低いヒールを履いているのだ。まだ一度もいったことのないこの街に、どんなものがあるのか心を躍らせ、ロジーネと他愛ない会話をしながら進んでいくのだった。