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精霊王 4




 ディースブルクのお屋敷からある程度離れたところで、フォルクハルトは馬に乗った。もちろんフィーネの分など用意されていないし、なんならフィーネは逃げ出してディースブルク邸に戻りたかったので、隙をついて逃亡しようと思っていたのだ。


 しかし、そんなことは見越していたフォルクハルトはドレスのままのフィーネは馬にまたがることができないので、椅子に座るように横座りで前に座らせて後ろから手綱を握って馬を走らせた。


 フィーネはおしりも痛いし、なによりもう大人の女性なのにこんな子供の様に支えられて馬に乗るなどレディとしての品格も疑われるし、自分を攫った相手に密着されるのが、屈辱的であった。


 それゆえに、ずっと深刻そうな顔つきをしていた。それをフォルクハルトは怒っているなぁと軽く考えて馬を走らせる。ディースブルクから、目的地まではそう遠くない。


 すぐに到着するし調和師というなじみ深い相手を連れて行けば、気難しい彼女も会ってくれるだろうという算段だった。それに、フォルクハルトは初対面の時から、フィーネの事をかなり気に入っていた、それゆえの人選だった。


 しかし、フィーネは簡単に連れ去られた挙句に、怯えて黙ったままでいるほど、都合の良い女ではなかった。自分自身がすこし男性というものに対して恐怖心を持っているのは自覚している。前の記憶がそうさせていることも、それでもフィーネは自分の感情を殺すのが得意であった。


「……下ろしてくださいますか」

「だめ~。ここで帰すわけないじゃないか」

「……ではどこに向かっているのか教えてください」

「俺のフィアンセのところっ」

「名前を言って」

「~♪」


 フィーネの質問に答える気があるのかないのか分からない彼は、変わらず馬を走らせる。そんな態度に、恐怖も未だに動揺もあったが、ふっと小さく息を吐いて覚悟を決めて体を前に出した。


 すぐにバランスが崩れて鞍から滑り落ちそうになる。


「おっと、危ないから動くなって!」


 すぐにフォルクハルトの手がフィーネの腹を押さえて元の位置に戻す。心臓はバクバクしていたが、それでもこのまま舐められたままより、行動をするべきだと思う気持ちは変わらない。


「……降ります。貴方に付き添う義理はありません」

「はあ?あれ、強気だなぁ~、俺君の事さらったんだけど??」

「だからなんですか」


 フォルクハルトは、貴族令嬢とは愛しのフィアンセ以外は恐怖に従順で自分より強い相手にさかっらたりしない生き物だと思っていたが、彼女は、そう言えばあの大きな魔物相手にも抵抗を試みるような性格の持ち主だったと、思い出して手綱を強く握り、走れと馬に合図を送る。


 加速して駆けている状態では流石に妙な抵抗はしないだろうと、考えての行動だったが、フィーネは鋭い視線をフォルクハルトに向けてくる。


「知り合いだったから、ここまで強行しませんでしたが、仕方ないですね」


 真顔で、フォルクハルトの事を押しのけようとするフィーネに、正気を疑った。こんな状態でフォルクハルトまでバランスを崩したらシャレにならない事態になる。フォルクハルトはそれでも無事でいる自信があったがこの華奢な令嬢には無理な芸当だろう。


 そんなことになっては、アルノーがフォルクハルトを本気で殺そうとすると思うので、慌てて手綱を引いて、速度を緩めるとフィーネは、少し意外そうな顔をした。


「君さ~落ちたらただじゃすまないと思うけど?」

「見たらわかりますが」

「なんでそんなに抵抗するかな。ちょっと俺の手土産になってほしいだけなんだって」

「目的をおっしゃってください、明確に。それにどこかに連れていくのならせめて前日から連絡をするのがマナーでしょう?」

「あ~めんどくさ。そういうのだるいからやめて」


 話をしている間は一応は抵抗は止む。しかし、フォルクハルトが会話を放棄しようとするとフィーネは、やっぱりまた彼を押しのけようと躍起になるのだった。


 胸元をぎゅうぎゅう押されて、面倒になったフォルクハルトは、ちょっと脅してやれば静かになるかなと考えながら、彼女の心を読んだ。


「では、降ります。どいてください」


 まったく怯えてなんかいないような声音と表情で言っているのに、心の中では、戦闘を放棄して命乞いをしたり逃げ出したりする奴らと同じぐらいには怯えているし、フォルクハルトの事を怖がっていた。


 フォルクハルトは、こうして相手の感情を読んで心を折るのが割と得意で戦闘時にも良く使っていたため、どの程度で大体の人間がどんな行動に出るのか知っていたのだった。


 しかし、フィーネは基本的に感情を読まれる前提では動いていない。だから、怯えていてもそれを紛らわすことなくフォルクハルトに向き合っていた。


「フォルクハルト?どうかしましたか?」

「な~んだ、強がってるだけか。あの時と一緒だ。君って分かりずらい顔してる」

「……私の質問に答える気がないのなら、帰ります。どいてください」


 それからフィーネは容赦なく拳を振り上げてフォルクハルトの肩を殴った。


「??……え、ええ~?どういう事」

「それはこちらのセリフです。離してください」


 感情と行動と表情がまったく噛み合わないフィーネに、フォルクハルトは混乱しつつもどいたりはしなかった。


「無駄な抵抗止めなって~、怯えてるのバレてるからさ」


 フィーネはここ最近……というか、ついこの間の出来事でアルノーにも同じように言われたが、フィーネのこの感情と行動を切り離せる特技は短所になるときもあるが長所になるときもある。今回の場合に限っては後者だった。


「私の中身だけをみて、私を分かった気になっても今現在起こしている行動が変わるわけではないでしょう?何を言っているのか分かりますか、つまり━━━


 そこから、フィーネはアルノーに言ったことを何十倍にも希釈して内容のない言葉を交えつつ、面倒事が嫌いらしい彼に懇々と抑揚のない声でひたすらに抗弁を垂れた。


 十分ぐらいはフォルクハルトだって聞いていたが、それ以降は、無駄にはきはきと歯切れよくしゃべるせいで、聞き取ってしまう長ったらしくて頭がおかしくなりそうな説明に、限界がきて、フィーネの口元を片手で覆った。


「……」


 そうされてフィーネは黙りはしたが好戦的な視線は変わらない。それに手を離したら、またべらべらと講釈を垂れるのだろうと考えると流石に、ついてきてもらうために説明をする方が楽だと、あきらめるのだった。


「アメルハウザー公爵家に行くんだ。俺、フィアンセにちょっと……かなり距離を置かれてるから、興味を引くものが欲しいんだ~……手土産があれば気も変わるかもしれないかなぁって」

「……アメルハウザー公爵家って、あの?」

「どの?」

「精話師の」

「そ~だけど」

「フィアンセって、まさかとは思うけれど……」


 そこで一旦、言葉を区切った。マリアンネや、カミルはから、精霊王の話を聞いたことはあるが、フォルクハルトがそのことを知っているのかわからない。


 ……それに、精霊王様が彼のフィアンセだなんてそんなうまい話あるわけ━━━━。


「そうだけど、な~んかたま~に、ローザの事そう呼ぶ人がいるな」


 不意に、考えを読まれて、今までまったくこんな失礼な男に攫われて不服だったフィーネだが、その答えを聞いて、思考を百八十度回転させた。


「そういう話なら、問題ないわ。接触の仕方について考えあぐねていたから」

「あれ、変わり身が滅茶苦茶早いな~」

「ものは考えようというでしょう」

「う~ん。あははっ、流石アルノー様のフィアンセ、手強い。あははっ」


 フォルクハルトは笑いながら、フィーネに体重をかけた。それに、びくっと反応して真顔で見上げてくるのを見て彼女はもしかすると、ローザリンデのような逆らってはいけない人物なのかもしれないと思い、自分を落ち着かせた。


 それからまた、面倒なことをぺらぺら話し続けられても困るし、彼女が怒ることをしないように馬をパカパカと走らせる。


 フィーネは、この男の事は、好きになれそうには無かったが、何故かタイミングが良くて強い人だというラベリングをする。あと、舐められるとどこまでも我を通してくる。と頭の中で注意書きをした。


 しかし彼のおかげで助かった。本来ならこれからタイミングをみて、ローザリンデに連絡をとり、できれば直接あう約束を取り付けたかったのだ。彼女には聞きたいことが山のようにある。それにこれからの事についても意見を交わしてみたかった。


 まずは手紙でのやり取りから初めて、当たり障りのない会話をして、本題に入って約束をしてという事をすっ飛ばしてフィアンセである男から紹介されるのであれば相当な時間短縮になる。


 もしフォルクハルトが、ローザリンデとあまり良い関係ではなく、会えなかったとしても、責任はフィーネにない。攫われるところを側仕えが目撃しているのだ。無理やり連れてこられたのだと、被害者らしくしていればいいのだ。


 今日の予定も明日の予定も、アルノーが屋敷に帰ってきていることによって空いているし、彼との話し合いも伸ばしてもらういい口実になる。


 そんな、利点ばかり考えていると、自分はとても性格が悪くて嫌になってしまうが、そんなこととは関係なく、フィーネとフォルクハルトを乗せた馬はアメルハウザー公爵領地に進んでいくのだった。








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