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九話 世界が欲しているもの

「奇妙だな、人間よ」


 ぽたりと、汗が垂れた。

 蒸した熱気が、頭をぼやけさせる。


 通行人なんて一人もいない、物静かな空間。

 不意にイリスが口を切り出した。


「お前の態度には、少し、と言うよりかなり違和感がある」


「……気のせいでは?」


「自ら進み出て他人の椅子になるのが、お前の普通なのか?」


「くっ、バレてしまったか」


「逆によく気づかれないと思ったな」


 はぁ、と。

 そんな呆れたようなため息が聞こえた。


「——恐れているな、人間」


「……」


 僕は、何も言えない。


「この世界は、ただの人が生きていくには、あまりにも過酷すぎる。……お前が生きていた世界は、どんな場所だった」


「元の世界も、ひどいものでしたよ。いろんな種族がいるわけじゃないけど、ひょっとすれば、こっちの世界より序列の観念が強い」


 強い奴が盛って、弱い奴は衰退していく。

 惨めに泥を這うような日々を送るのが、弱者にはお似合いなのだ。


「なるほど、どの世界でも、弱者の生きる場所はないのだな」


 イリスは、遠くを見つめて、そんなことを呟いた。


 だから、僕は少しがっかりした。


「異世界に来れば、何か変わると思ってました。でも、結局僕が別の場所に転移しただけでした」


 魔法も使えない。

 人ともまともに話せない。

 常識もわきまえてない。


 僕が野村秋斗という人間である以上、その事実が打ち砕かれることはない。


「こう言ってやるのもなんだが、あれだな。弱者という言葉は、お前を形容するのに完璧だな」


 大正解だ。

 間違いない。


 だから、僕はすごく悔しい思いを胸のうちにしまっておくことしかできない。


「こう言い返してやるのもなんですが、イリスはおかしいです」


 仕返しの念も込めながら、そう言ってやる。


「こんな弱者を相手にしてやろうなんて、正気じゃない。頭のネジ、いくつかなくなってるんじゃないですか?」


「ククク、人間よ、媚びは売りつけなくていいのか?」


「諦めました。僕に媚び売りなんてできません」


 非常識人だから。


「そうだな、お前は、確かに側から見ても、媚を売るには向いていない。そして、そんなお前に付き合っている私も異常だ」


 意外だ。

 素直に認めるなんて。


「しかしだ、言い方を変えれば、弱者に対しても平等に接するのは、世界で最も尊重されるべき常識的な行為だとは思わないか?」


 全くもってその通りである。

 しかし、そうではないのである。

 大矛盾である。


「——私はね、龍神の村を追放されたんだ」


「……え?」


「龍神族は、その崇高さを重んじる種族だ。ゆえに、下等種を見下すのは当然の行い。むしろ、そうしない者は龍神族である資格がないとすら言われた」


 イリスは続けた。


「私は、そうしない者だった。追放されたのだって、そんなしょうもない単純なものだった」


「……イリスは、どうして下等種を見下さないんだ?」


「それは……一人の友人との約束があったからだ。深く語るほどのことではない」


 そう言うと、イリスは勢いをつけて背中から飛び降りた。

 ざっと地面を踏み締める音が鳴る。


「人間よ、今もこの世界は、歪み続けている。争いは絶えず、見下し合いの連鎖だ」


 ビシッと、指を指される。


「今、世界が最も欲しているものは、なんだと思う?」


 僕は、イリスに見下ろされる形で、その瞳を見上げた。


「それは一体、何なんですか?」


 その問いに、彼女は答えた。


「——革命だよ」


 捻じ曲がった常識を打ち破り、根底から世界を改革する。

 そんな、革命が必要である、と。


 その言葉は、どうしてか僕の胸の奥で、ストンと心地よく落ちた。


「私は、革命を起こす」


 彼女は、まっすぐな目で僕を見据えた。


「強者が弱者を見下すでもなく、弱者が強者を恨むでもなく、互いが互いに認め合う。それが、世界のあるべき姿だ」


 本気だ。

 そこには、一切の嘘も冗談もない。

 ひたすらに、まっすぐな本心。


「——まぁ、私がお前に付き合うのなんて、そんな理由だ」


 恥ずかしげに、イリスは横を向いた。


「イリス……」


「ほ、ほら、早くいくぞ! それとも、もっと休憩が必要か!」


 僕は、ちょっと嬉しかった。


「いいえ、行きましょう」


 立ち上がって、彼女の隣を歩く。


「——とは言っても、イリスは上位種に対する尊敬が足りないとか、僕に言ってましたよね」


「う、うぐっ……。それは、なんというか、あれだ、お前だって他人から認められると嬉しいだろう?」


 しどろもどろになりながら、言葉を取り繕う。

 そんな様子を見て、僕はちょっと笑った。


「な、なんだ! 何がそんなに面白い!」


「イリス、そう言うのを開き直るって言うんですよ」


「ぐぬぅ、じ、自分の力を誇示して何が悪い!」


「ほら、また開き直った」


「だぁああ! 人間! そんなことを言ってると……えっと、私が龍に化けて喰ってやるぞ!」


 イリスは顔を赤くして僕を睨んだ。

 でも、不思議と怖いなんて気持ちはわかない。


「……ありがとうございます、イリス」


「ふん、私のありがたみがわかってるのなら、それでいい」


 異世界に来ても、弱者のままの僕。

 でも、そんな自分を否定せず、普通に接してくれる存在もいる。


 ——革命。

 果たして、本当にそれは成されるのだろうか。


 僕には、到底分かり得ないことだ。


 でも、少なくとも、僕は小さな彼女の背中を、押してやりたいと思った。

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