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魔の鴉がやってくる。SS

魔の鴉がやってくる。SS『お土産の彼』

作者: 安田景壹


 ライター業は取材が八割である。いかに副業とはいえ、時には遠方へ取材に出かける事もある。そして、旅といえば土産がつきものだろう。家族や友人のための土産、あるいは自分のための土産。帰る場所がある限り、旅とは何かを持ち帰る行為なのだ。

 もっとも、私は取材するのが精一杯で、土産を買うほどの余裕はない、というのが実情だ。

 紹介が遅れたが、私の名前は鵲八代(かささぎやしろ)。副業で怪奇ライターをやっている。昨年二冊目の著書を上梓した。著作はどちらも実話怪談集であり、掲載されている話は全て取材で得たものだ。

 第五回を迎えたこの連載が、幸運にも続いてくれたなら、三冊目の著書としてまとめて出版される予定である。企画が立ち消えとならないよう、これからも質の高い取材を続けていく所存である。

 ではいつもの如く、まずはこの連載について説明しよう。

 本連載では、様々な方から提供していただいた怪奇体験談を紹介している。話を伺った方はそれぞれ関りのない、全くの他人同士であるが、奇妙な事に、どの話にも共通の登場人物が登場する。

『魔女』だ。

 黒いとんがり帽に、黒マント。そして黒い長髪。少女のような顔立ちだが、年齢は不明。場所を問わず、日本全国どこにでも現れる。

 この連載の趣旨は、取材の先々で出没する魔女を追う事である。各地の怪異あるところに現れるこの人物は、退魔屋と呼ばれる特殊な職業であるらしい。怪奇ライターという副業をやっているからではないが、世界は奇妙な流れに呑まれているように思う。気にしなければ見過ごしてしまうけれども、私たちの身の回りには、いつも魔が潜んでいて、日に日にその瘴気が増していくような気がするのだ。

 それは、例えば何気ないきっかけで手元に転がり込んで来た土産物の品にさえも宿っている。

 今回ご紹介するのは、奇妙な土産物を手に入れてしまった方のお話だ。

 人物名や場所には今回も仮称を用いさせていただくが、その内容は実話である。


      〇


「何、この気持ち悪いの……」

 マリさんは姉から貰ったお土産の中身を見て、ついそんな事を言った。

 旅行に行った姉は何の事やらという風に、スマホから顔を上げた。

「え? 何」

「これだよ。このお土産のフィギュア」

 そう言って、マリさんは箱から取り出したフィギュアを姉に渡した。

「何よ。あんた、アニメとか好きでしょ」

 姉が買ってきたのは、ご当地フィギュアと呼ばれる人形だ。地方の伝説に残る人物――スサノオとかクシナダヒメとかだ――をアニメ調にキャラクターデザインして、それをさらにデフォルメして立体に起こしたもので、今、ネットではブームだった。マリさんはあまり興味がなかったのだが、二次元のキャラクターは好きだったので、最初は喜んで受け取った。だが……。

「仮面を上げてみなよ。真っ黒だから」

 姉が旅行先のお土産屋で買ったフィギュア、《ムノンくん》は仮面をつけたキャラクターだった。灰色に近い白金の髪。高い背。着物をスタイリッシュにアレンジしたような服。そして一番の特徴が仮面だ。フィギュアの顔に被せてある仮面は可動式で、上下に動かせるようになっている。

 この仮面を上げると、ムノンくんの素顔が見えるのだが。

「うぉ……。これは、すごいね」

 箱にプリントされている写真とは違い、マリさんが受け取ったフィギュアは顔面全体が真っ黒に塗りつぶされていた。デフォルメされた両目だけは塗りつぶされないまま残っていたが、それが逆に、フィギュアの目がじっとこちらを見つめているかのようで、不気味だ。

「レアものかもよ。ほら、こういうのってシークレットとかあるんでしょ?」

 普段、二次元キャラのグッズなど買わない姉だが、何故かそういう事は知っていた。

「箱にそんな事書いてないじゃん。失敗作か何かじゃないの。メーカーも聞いた事ないし」

「え!? 逆にレアじゃん。高く売れるんでしょ、そういうの。鑑定団で見たよ!」

 即物的な姉はすぐにお金の話をする。ちょっとでも高く売れそうだとわかったからなのか、姉はやたらとテンションが高かった。

「じゃあお姉ちゃん、売っちゃってよ。わたしはいらないから。何か怖いし」

「オッケー! じゃあ友達にこういうの詳しい奴がいるから、今度聞いとくね。出品するサイトとか、選んだほうがいいらしいから」

 そう言って、姉は帰り支度をし始めた。

「ちょっと! 持って帰ってよ! わたしはいらないんだから」

「えー。だって顔怖いじゃん。箱に入れてクローゼットにでも仕舞っておいてよ。今度取りに来るから」

「いや。そんな――」

「はい決まり。あたしはこのあと用事があるから!」

 そう言って、姉はそそくさとフィギュアを置いて帰ってしまった。

 姉は昔から、無理強いすると不機嫌になる。フィギュア持って帰る帰らないくらいで喧嘩になるのは嫌だった。渋々、マリさんはフィギュアの仮面を元に戻し、箱に入れ直すと視界に入らないようにクローゼットに仕舞った。


 その夜。

 マリさんがベッドで眠っていると、誰かがすぐ近くにいるような気配を感じた。

 不思議と怖いという気持ちが湧かず、マリさんはそっと目を開いた。

 消したはずの部屋の明かりがついていた。ベッドの脇に、着物のようなものを着た背の高い青年が座っていた。

 灰色に近い白金の髪に、端正な顔立ち。まるでアニメから抜け出してきたかのような。

「やあ」

 涼やかな声で、青年が言った。

「どうも……」

 マリさんも答えた。

「暗いところが苦手なんだ。助けてもらえないかな」

 唐突に、青年はそう言った。

「はあ……」

 何の事だかわからず、マリさんは曖昧な返事をした。

「君にしか頼めないんだ」

 よろしくね、と、そう言われたところでマリさんは目を覚ました。

 カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。当たり前の事だが、部屋の電気は消えていた。

 夢。とても夢とは思えないほど現実的だったが、男性との会話は夢だったようだ。

 一体何だったのか、マリさんはカーテンを開け、外の光を部屋の中に入れた。

 そこで、ようやく気が付いた。クローゼットの扉が、ほんの少しだけ開いていた。

 ちょうど、あのフィギュアを仕舞った側の扉だった。


 思い返してみれば、夢に出てきたあの青年が着ていた着物は、フィギュアと似ていた気がした。物は試しにと、マリさんはフィギュアをクローゼットから出した。

 箱から取り出し、あらためてフィギュアを見てみる。やはり仮面の下は真っ黒だったが、不思議と昨日より嫌な感じはしない。

 大学に行く時間が迫っている。マリさんは、フィギュアを箱に戻すために仮面を下ろそうとした。

 何かが、不自然に引っ掛かったような感触があった。

「あれ?」

 仮面が、下ろせない。壊れてしまったのか、仮面は中途半端な位置で止まってしまって、フィギュアの顔を隠す位置まで下ろせない。

「面倒くさ……」

 早く姉に引き取ってもらおう。マリさんはそう思って、適当な場所にフィギュアを置くと、家を出た。


 その晩も夢を見た。

 マリさんがいつも使っている椅子に座った着物の青年が、ベッドの中のマリさんを見ていた。

「出してくれてありがとう。助かったよ」

 やはり、この青年は、あのフィギュアであるらしい。

「ムノン……くん?」

 記憶を辿り、マリさんはキャラクターの名前を思い出す。

「そうだよ」

 青年が優しい笑みを浮かべて頷いた。

「わたしに何か用?」

 ベッドから動かないまま、マリさんは問うた。

「お礼をするよ」

 お礼? とマリさんは聞き返したのだが、すでに意識が遠くなっていた。

「ベッドの上に置いておくね」

 次の瞬間、マリさんは目覚めていた。休みだったから良かったものの、平日ならとっくに寝坊の時間だった。

 掛け布団がいやに重い。引っ張ると、何かがずささと音を立てて落ちる。

「何……?」

 何かが掛け布団の上に山のように積み重なっている。

 キャベツ。ニンジン。玉ねぎ。ジャガイモ。ネギ。やたらとある野菜の山に、米の袋がいくつか。それに、冷凍してある肉。

 見覚えのない大量の食料が、マリさんの布団の上にあった。


「カレーでも作れってか」

 ぶつくさ文句を言いながら、マリさんは降って湧いた食料を使ってお昼兼夕食の調理に取りかかった。何者かを助けたお礼に食料を貰えるなんて、国語の教科書にでも載っているかのような話だ。

 本来なら、怪しむべきなのだろうが、その時のマリさんはせっかくの食材だから使おうとしか思わなかったのだそうだ。

『今日、カレー作っているんだけど、食べに来ない?』

 具材をルーと一緒に煮込んでいる間、姉にSNSでメッセージを送る。いつもスマホをいじっているので、メッセージもすぐ読む姉だが、この時はカレーを煮込み終わる頃になっても、返信はなかった。

 市販のルーを使ったポークカレーが完成すると、マリさんはしばらく鍋の中のカレーをじっと見つめてしまった。見た目には何の変哲もないただのカレーだが、具材の一つ一つが香り立つかのように良い匂いがして、自分で作ったにも関わらずひどく食欲をそそる。

 何故だか陶然としながら、マリさんは皿にカレーを盛り付けた。当然、炊いたお米も布団の上に置かれていた袋から出したものだ。

「いただきます」

 ルーのかかった豚肉を口に運ぶ。美味しい。が、豚肉とは少し違う気もする。獣臭(けものくさ)さ、とでもいうのか。

「美味しい……」

 肉も野菜も米も、カレールーに負けないくらい、いやそれ以上に濃厚な味わいだ。

「美味しい?」

 声が、した。

 灰色に近い白金の髪の、着物のような衣服を着た青年が、マリさんの横に座っていた。

 ムノンくん、だ。

「うん。美味しい」

 マリさんは答えた。頭の中がひどく幸せで、ぼんやりとしている。

「ぼくにも食べさせてよ」

 ムノンくんの唇がなまめかしく動いた。

「うん。いいよ」

 心臓が強く鼓動を打っているのを感じながら、マリさんはカレーを(すく)ったスプーンを彼の口に運んであげた。

 どこかから、祭囃子のような音楽が聞こえる。スローなテンポの音楽が。これは……何だ。

「美味しい。料理作るの上手だね」

 いつの間に食べたのか、ムノンくんがそう言った。

「えぇ? そうかなあ」

 照れながらも、マリさんは内心嬉しかった。

「指も綺麗だし、顔も可愛いよね」

 人形のようにひんやりとした指が、マリさんの手を取った。

「え、えぇ……」

 ムノンくんの顔が間近に迫っている。心臓がどきどきとして、頭がうまく回らない。気が動転している。

 わずかな呼吸の息さえ届きそうな距離だというのに、彼の口にそんな気配はない。呼気が全くないのだ。

「マリちゃんは、いい子だね」

 ムノンくんが囁く。名前なんて教えていない。どこかから聞こえてくる音楽の()が、さらに大きくなった気がする――

「お嫁にもらおう」

 ムノンくんが、ふとそんな事を言った。

「お嫁にもらおう。お山に行こう。お嫁にもらおう。お山に行こう。お嫁にもらおう。お山に行こう。お嫁にもらおう。お山に――」

「ちょ、ちょっと待って! 急に何を――」

 戸惑いながらも、まるで酩酊したようにマリさんの思考力はどんどん失われていく。そうだ。貰ってもらおう。お山に、お山に連れて行ってもらおう――

 夢見心地のような音楽に、雑音のような電子音が混じった。

「……あ」

 視界の端で、何かが光っていた。マリさんのスマホの画面。誰かが、SNSでメッセージを送ってきている。

 アイコンは、姉のアカウントのものだ。

『逃げて』

 姉らしくない、手短な言葉。続いてさらにメッセージが入る。

『お姉さんは助けた』

『逃げて』

「……何これ」

 不意に、何か黒いものがマリさんのスマホを覆った。

 手だ。真っ黒い手が、マリさんのスマホを掴んで――

「お山に行こう?」

 黒塗りの人形のようなものが、マリさんの顔を覗き込んだ。

 うすぼんやりしていた思考に、冷や水をかけられたような衝撃も束の間、マリさんは絶叫した。黒塗りの顔を突き飛ばし、カレーの皿を蹴散らしながら、一目散に玄関へと向かう。

「おぉおぉおおおやぁああまあぁああにいぃいいいいいいい」

 着物を振り乱し、奇声を上げて、人間大の黒塗りの人形が追いかけてくる。

 鍵を開けて外に飛び出す。

 昼時の空が明るい。青空さえ見えないほどだ。異様な真っ白の空。祭囃子の音が聞こえる。いや、違う。今気が付いた。これは雅楽だ。神社の結婚式で流れる音楽だ。

「はっ、はっ、はっ――」

 古いアパートの外階段を駆け下りる。マリさんの部屋は最上階だ。一番下に下りるまでには時間がかかる。背後からは着物の衣擦れと奇声が迫ってきている。死に物狂いで、マリさんは階段を下りた。雅楽の音色が耳の傍で鳴り響き、白い空がどこまでも輝いている。

階段を下りきり、駐車場に出る。

そこで、マリさんは思わず足を止めた。止めてしまった。

周囲に、何か、影のようなものが蠢いているのが見える。蜃気楼のようにおぼろげな人々の影。皆、頭巾を目深に被り、真っ白な着物を着て、整然と列をなしている。鳴り止まない雅楽がどこまでも付きまとってくる。まるで結婚式のようだ。この世のものではない何かとの結婚――

 お山に、行こう。

 ――ガチャン!

目の前に、人型のモノが降ってきた。

真っ黒な顔の、着物を着た人形。がちゃ、がちゃ、と音を立て

て、一歩一歩近付いてくる。あの好青年めいた面影は微塵もない。ただ、マリさんを連れて行こうとするだけの、化け物がすぐそこまで迫っている。

「おぉおぉおおおやぁああまあぁああにいぃいいいいいいい」

 雅楽の音が最高潮を迎える。蜃気楼の如き参列者たちが、その圧を増す。

「ひっ、あっ――」

 マリさんは尻もちをついた。あまりの異様な光景に、もう体に力が入らない。

「おぉおぉやぁああ――」

 ぱっと、参列者の影から、黒いものが飛び出した。黒いマントが翻る。何者かは化け物に後ろから掴みかかり、

「お山には行かぬ。人形に人は(めと)れない」

 そう言って、パチン、と指を鳴らした。


 気が付くと、マリさんは自分の部屋で目を覚ました。

 起きると同時に、異様な腐臭が鼻につく。

 見れば、テーブルの上のお皿には、何か、黒くてどろどろとしたものが盛られており、異様な臭いを放っている。コンロの上にある鍋の中からも、同じように腐臭が漂っていた。

「――今、業者呼んだから」

 知らない声がして、マリさんは顔を上げた。

 壁際に、見知らぬ人物が立っていた。黒いとんがり帽子に、黒いマントを纏った少女のような外見の人物。

 魔女だ。

「あなたが助けてくれたの……?」

「そう、お姉さんから依頼があってね。こいつがあなたを山に連れていこうとしていたから……。間に合ってよかった」

 こいつ、と言って魔女が見せたのは、あのムノンくんのフィギュアだった。ただし、その顔は糸のようなものでぐるぐる巻きにされている。

「それ、何だったの」

「ヒトガタ。式神みたいなものだね。お姉さんもやばかったんだよ、実際。やり方的に、どうも無作為に標的を選んでいる感じだけど……」

 まあ、これ以上は説明しない、と魔女は言った。

 迂闊に怪異について知り過ぎる事は、別の怪異を引き寄せる遠因になるからだ、という事だ。


 魔女が呼んだ業者というのは、清掃業者のようだったが、マリさんとは一切口を利かず、淡々と腐臭のする食料と、それらが入っていた鍋や皿を運び出して行った。

 最後に、魔女からアドバイスがあった。

「しばらくは不安だろうから、神社や寺に行くといいよ。お祓いもいいかもね。とにかく、自分を安心させる事が肝心だよ。そのうち、切り替わる瞬間がくるから、そしたら旅行にでも行ってみて」

あなたがお祓いしてくれないの? そうマリさんが聞くと、

「専門じゃないから」

 と、断られたそうだ。


 今、マリさんは以前と同じように、アニメやゲームを楽しみながら暮らしている。ちょっと前に、友人と旅行にも行ったそうだ。

 事件のあった部屋からはすでに引っ越していて、今ではもう、何だか事件自体が夢であったような気さえするという。


 魔女についてわかった事は、今の時点ではほとんどない。

 それどころか、無作為に式神を放つ何者かの存在さえ示唆されている。

 いたずらに不安を煽りたくはないが、世界を包む闇は深まっている。確実に。そして、その闇の中には、常識では理解し得ない不可解なモノが、じっと潜んでいるのだろう。


                                     了


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― 新着の感想 ―
[良い点] モチーフが現実的なのでリアリティがあります。最初に怪談だとあるので怖い話だと身構えて読み進めますが、怪異の容姿や優しい声やお礼と思える食べ物、妖艶な食事と並ぶとファンタジー的な恋物語に発展…
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