「理想」のヒロイン
彼女とは大学で出会い、5年ほど付き合った。
正直タイプではないが価値観や笑いのツボが合って、料理は下手くそだがよく気を使ってくれた。
俺の夢を応援してくれて、フリーターの俺を支えてくれた。
そんな彼女とデートの終わりに結婚の話で喧嘩をした
彼女は言う
「早く結婚したい」
俺は否定する
「まだ夢を追い続けたい」
ほとんど水掛け論だった
そしてついに
「たーくんがそんなんじゃ私別れるから!」
「樹里まてよ!」
俺の制止も空しく、彼女は赤信号の横断歩道を駆け足で渡った
瞬間彼女は高速のトラックに跳ね飛ばされて肉片へと変わった
俺は失恋、そして永遠の別れを共に感じた
俺は部屋に引きこもっていた
ここ何日もあの日の夢を見て、起きては俺は悪くないと思い込み心の中で彼女を責める。
そんなことを続けていたらもう数日が経っており、そこで彼女の葬式が終わっていることに気がついた
行けるわけが無い。間接的に殺したのは俺だ。
相手の両親になんて顔向けすればいいんだ
また問答を繰り返す。
自分で腐っていくと実感した。
そんなある日、頼んでもいない届け物が俺に届いた
背丈程がある大きなダンボール、差出人はヘンテコな会社の名前が書いてあった
外に置いておく訳にもいかず、ひとまず中に入れもう一度宛先と宛名が自分であることを確認した後、恐る恐る封を開けると、その中にはなんとも奇妙なものが入っていた。
人の背丈と同じくらいのデッサン人形の様なもの。
触れてみると材質は粘土とプラスチックの間のような不思議なものに感じた。
人形の足元には小さな箱があり、開けてみるとスマートフォンのようなものと説明書が入っていた
説明書には「「理想」のヒロイン」と書いてあった
イタズラにしては出来すぎている。
紙を見ると、同梱のスマートフォンでヒロインのパラメーターを入力するとそれに応じ人形が化けるらしい。その後3日間の試用期間を過ごし相性を見る。
最後に確定ボタンを押すと人形は人間として命が吹き込まれ、理想のヒロインとして生涯寄り添ってくれるらしい
なるほどなんとも小馬鹿にしている
とは言うもののここ数日アルバイト先にしばらく休むと話した事以外に人と話しておらず、この貯まった思いを吐き出せる相手が欲しいと思った俺は狸に化かされると思って1度やってみることにした
スマートフォンを起動すると早速アプリが起動し、パラメーター設定に移る。
項目は約50項。いやはや骨が折れると感じた。
ひとまず自分の感で適当にパラメーターをいじる
おおらかで夢を応援してくれる、優しくて将来性のある人
容姿の項目は本当に勘でやった。
最後に決定ボタンを押すと、瞬間人形が白く輝き変身しだした。
そしてソシャゲの演出のように光の中から立ち上がった理想のヒロインは
あの日死んだ彼女そっくりだった
「ふざけるな!!」
俺は大声を上げてスマートフォンを人形に投げた
人形の腹の部分に当たったスマホは床に落ちる
それを人形は拾い上げ
「痛いよたーくん」
と彼女と瓜二つの声で言う
顔を見ると困ったような表情。その全てがあの日のフラッシュバックに繋がる
俺は吐き気を催し、胃が口から出そうになった。なんとかの思いでそれからスマホを奪い取り、画面のリセットボタンを押した
しかし激しい吐き気と動悸の激しさは全く収まらず、俺は床に伏せた
数分してようやく落ち着き、箱の中を覗くとそこには初めと同じくデッサン人形が静かに横たわっていた
壁に背をつけ、落ち着かない呼吸をゆっくりと正常に戻していく
その時間は無限のように感じた。
「心臓に悪すぎる」
ようやく出た言葉はそれだった。
しかし落ち着けば落ち着くほどこの人形はすごいと感じた。
あの再現度、そして本物の人間と同じような声、そして肌の質感。
夢でも見ているようだった。
スマホを見ると「リセットを完了しました」との1文があったそしてその下には「次の設定をしてください」
これはジョークじゃない。本物だ。
俺は希望を見出し、次の設定をする事にした
「さっきのはアイツに寄せすぎた。もっと違う設定にしよう」
俺はそう考え、欲望のままに理想のヒロインを設定していく
そう、性格は明るく、包容力溢れる女性。
料理も上手く母性を感じる女性
そして容姿は…完全無欠。好きな女優に似たスタイル抜群の設定にした
そして産まれたヒロインは…本当に完璧だった
恐る恐る
「こんにちは」
と声をかけると
「初めましてたっくん」
と、これが鈴の様な声と言わんばかりの美声だった
最高だった
俺はヒロインに「和葉」と名ずけて今までの話を聞いてもらった。
俺は悪くない、あいつが悪かったんだ
そんな幼稚な言い訳にも和葉は理解をしてくれて
「貴方は悪くないわ」
と暖かい抱擁をしてくれた
あぁ、久々に幸せを感じる
和葉の手料理はどれもフレンチレストラン並で、みるみる自分が回復していくのを感じた
それから3日間、俺は幸せな時間を過ごした
和葉のおかげでバイトにも復帰し、周りの人からも吹っ切れたのだと思われていたのだろう
音楽に関してもやる気がみなぎっていた
そして運命を決める日
俺はどうするかずっと悩んだ
そして決めた、1度リセットすると
正直完璧過ぎてもダメだと感じた。
付け入る隙がなく、逆に疲れてしまう。
それに、ここからパラメーターを調整していけばさらに良いヒロインになるはず
俺は一言
「ありがと」
と短く言ってリセットボタンを押した
彼女は最後まで笑顔だった
俺は一息つくと次のヒロインのパラメーターを決め始めた
どうせ経験するなら自分の趣味とは違う相手もいいかもしれない
そう思い、あまり付き合ったことの無い年下を設定し、性格も守りたくなるような幼い感じにしてみた
そうして完成したヒロインに
「こんにちは」
と言うと
「こんにちは拓郎にーちゃん」
と、帰ってきた
弟も妹もいない俺からしたら新鮮な体験だった
「双葉」と名ずけたヒロインと2日くらい一緒に過ごしたが、正直合わなかった。
守るという気持ちが強すぎたか、少しは頼りになれよなんて思ってしまった
「バイバイおにーちゃん」
そう言って双葉は人形に戻った。
そしてパラメーターを弄ろうとした時に気がついた
下の方に「1度設定したヒロインと同じヒロインは設定出来ません」と書いてあった
まぁ同じヒロインを設定してもまた同じことの繰り返しだからという事だろう
そう納得し、俺は次のヒロインを設定し始めた
次は年下のしっかり者「三葉」
「こんにちは拓郎さん」
年下に世話される自分が嫌だったので2日でサヨナラした
次は年上のお調子者「四葉」
「たっちんこんちわー!」
ノリが全然合わず嫌だったので1日でサヨナラした
同年代のクール女子「葉子」
「…こんにちは」
空気が嫌で半日も持たなかった
和葉から1ヶ月ほどが経ち、俺は20人のヒロインと生活したがどれもいまいちだった
魔法のようにスマホの電源は切れず、気がつけば俺は帰るとヒロインのパラメーターだけを弄っていた
しかしどれもパッとはせず、21人目のヒロインともサヨナラをしてそろそろ設定も面倒くさくなりさてどうするかと悩んでいた時だった。
「ランダムボタンあるじゃん」
右下に小さくそれがあることに気がついてしまった
それからはまるでガチャを回すようにヒロインを作り出していった
ランダムを押して一目見て容姿が気に入らなければ即リセット。
気に入ればそのまま生活をしてみるが、ランダムの性質上かなりヤバい性格も現れるので、半日も持てばいい方だった
ダメならやり直す。やり直す。やり直す。
そんな事をしているから定職に就く暇はなかった
家に帰ればやり直し、やり直し、やり直し、やり直し
気がつけば周りの友人は俺を狂った人と決めつけて離れていった
いいさ、理想のヒロインさえ産まれれば、理想のヒロインさえ居れば、あんな妥協まみれの奴らは羨ましがるだろう
さぁ今に見てろ、やり直せ、やり直せ、やり直せ、やり直せ、やり直せ、やり直せ、やり直せ、
えっ?仕事がクビ?なぜ?
は?勤務態度が悪い?体臭がキツイ?
笑わせる、俺は理想のヒロインを作り出すんだぞ
ヒロインさえいればヒロインさえいればヒロインさえヒロインさえヒロインさえヒロインさえヒロインさえヒロインさえヒロインさえ
良く考えれば暇ができたという事はさらにヒロインを生み出せるじゃないか!
さぁ今に見てろ!俺は妥協なんかするもんか!
家なんてなくていい!俺はヒロインに全てをかけてやるんだ!!!!!!
ヤリナオスヤリナオセヤリナオスヤリナオセヤリナオスヤリナオセヤリナオスヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセヤリナオセ
その日は突然やってきた
その日何千何万と押してきたランダムボタンは画面から姿を消した
何故だ?ボロボロになり磨りガラスのようになった画面には1文こう書いてあった
「貴方は当システム「「理想」のヒロイン」で設定可能なヒロイン全てを確認しました。」
スマホから顔を上げるとそこには酷くボロボロになった人形があった
その人形より細く、まるで屍のような男はその1文の意味を理解すると、何十年何があっても手放さなかったスマートフォンを落とた。
スマートフォンはようやく役目を終えたと言わんばかりに、落ちた衝撃で壊れた
理想の為に、全てを投げ打って人里離れた山奥まで逃げてきた男は、惨めに這いつくばり己の理想を叶えようと幾度も姿を変えた人形に最後に力を振り絞って砂を投げた
そして掠れた声で最愛の人の名前をぽつりと言うとなんともくだらない人生に幕を引いたのであった
随分深い眠りについていた気がする
心地よい風と暖かい日の明かりに目を覚ますと、まるで絵画のような花畑の中に俺は寝転んでいた
瞬時に理解した。そうか俺は死んだのだと
しかし死の直前俺は悟った!俺にとって「理想」のヒロインとは誰なのかを!
あぁ早く会いたい!彼女もこの花畑のどこかにいるはず!
俺は会いたいと願うその願いに突き動かされてこの草原を走り回る!
正直タイプではないが価値観や笑いのツボが合って、料理は下手くそだがよく気を使ってくれる!
俺の夢を応援してくれて、フリーターの俺を支えてくれる!
そんな「理想」のヒロインに!
会いたい一心で走り回ると、彼女は小高い丘の上で俺に背を向けて立っていた
見間違えるはずがない、会いたかった
「樹里ー!!」
俺は大声で彼女に呼びかけるが彼女は俺とは逆側に走り去っていく
俺は必死に樹里!樹里!と叫びながら丘を駆け上がる
そして丘の頂上につき、樹里の走り去って行った方向を見た
そこには幸せそうな樹里と、背が高く鼻の高いまるで「理想」のような王子様が抱き合うドラマの最終回のような光景が広がっていた
俺は膝から崩れ落ち、大粒の涙を流した
何度も何度も樹里!樹里!と叫んでも気づいてくれず、熱く情熱的なキスまでしていた
あぁ、俺はその後悔、そしてそれに気づかせてくれた何億人もの「「理想」の彼女」立ちに向け、雲ひとつない大空に向かってドラマの最終回のように叫んだ
「遅かった!!」
いかがでしたでしょうか?
風呂に入って思いついて1時間くらいで書いたので結構矛盾があるかもしれません笑
主人公みたいに「理想」を追い求めるのもありだと思いますが「妥協」を見つけるのもひとつだとは思います♪
ではまた気が向いたら執筆しますのでよろしくお願いしますm(_ _)m