僕が素直にいじめられているのはいじめの矛先が好きな人に向けられないようにするためだ
僕は大人しくてか弱い女の子が好きだ。
そんな女性と結婚して生涯守り抜きたい。
今時そんなことを言ったら女性は弱くないだとか下に見ているだとか炎上するかもしれないけれど知ったこっちゃない。
どれだけ時代錯誤だろうが、好きなものは好きなんだから仕方ないじゃないか。
そして運が良いことに高二のクラス替えで理想の女の子に出会った。
月城 静。
小柄で可愛くて物静かで不安げな表情が多くていつも一人で本を読んでいる。
ああ、月城さんを守ってあげたい。
頼られたい。
でも問題が二つある。
一つは僕もまた周囲から見たらか弱い女の子に見えることだ。
勘違いしないで欲しいけれど僕はれっきとした男だ。
ただ月城さんと同じくらい小柄で女の子みたいな顔立ちをしているせいか、女の子として間違われることが多い。
名前も桜井 満 と響きが女の子っぽい。
こんな男性を頼りたいなどとはきっと思わないだろう。
そしてもう一つの問題は僕が現在進行形でいじめられているということだ。
「はぁ、またか」
英語の教科書が落書きで一杯で何ページも破かれて役割を果たせない物と化していた。
これで全教科コンプリートだよ、チクショウ。
また買ってこないとダメか。
どうか今日は授業中に指されませんように。
「満ちゃ~ん、ノート貸してね」
「返すか分からないけどな。ギャハハハ!」
「ええ……」
「あぁ? 文句あんのかよ」
「……別に無いよ」
授業が終わると僕をいじめる筆頭格の男女、岡田 剛三と 斎藤 京香が僕のノートを奪っていった。
文句を言ったらぶん殴られて結局強奪されるだけなので素直に従うしかない。
まぁこれもいつものことなので、僕はカーボン紙を使ってルーズリーフに転写してコピーを残してある。ノート無しでテスト受けても壊滅だからね。
もちろんいじめの内容はこれだけではない。
「今日の弁当もダメなんだろうな……やっぱり」
昼休みになり弁当の蓋を開けると、中にはゴミやチョークの粉が詰まっていて食べられないものと化していた。
「あれぇ、満ちゃんどうしたの? お昼食べないの?」
「ダイエットでもしてるんじゃねーか」
「まっさか~そんな女子みたいなことするわけないでしょ」
「あ~そうだった! こいつ男だったっけな。ギャハハハ!」
クスクスと教室中から笑い声が聞こえてくる。
クラスメイトの大半はこいつらと同じく僕を侮辱し、程度の差はあれどいじめに参加している。
今日の弁当もこの中の誰かがダメにしたのだろう。
また胸ポケットに隠し持ったポロリーメイツで我慢するしかないか。
しかしこの日の岡田と斎藤は機嫌が悪かったのか、昼休み中ずっと僕をいじめ続けたので食べる時間が無かった。
「満ちゃん、お金貸してほしいんだけど」
「また?」
「俺達友達なんだから良いだろ。それともまさか嫌だって言うのか?」
「だって前のも返してもらってないよ」
「うるせぇな!」
「ぐっ」
分かってはいたことだけれど、少しでも反抗すると拳や蹴りが飛んでくる。
顔は狙わず腹や足を狙って痣が出来ても見えにくくしているところがタチが悪い。
「あれぇ、突然うずくまってどうしたんだよ!」
「ぐうっ!」
「ホント、心配だわ!」
「ぐっ……」
二人は僕への暴行を続ける。
一度だけで止めないところ、よほどストレスが溜まることがあったのだろう。
ストレスのはけ口にされて殴られた上に金までとられるとか最悪だ。
「そうそう、満ちゃんスマホ持とうよ。呼び出せないじゃん」
「バーカ、こいつスマホ落として壊してただろ」
「あ~そうだったね。早く新しいの買いなよ」
「ギャハハハ!」
「…………」
落としたのは何処の誰だよ。
強引に奪って窓からぶん投げた癖に。
そのせいでこいつらから呼び出されなくなったから放課後や休日が平和になったけどね。
新しいのは親に買って貰ってあるけれど絶対に学校に持ってくるもんか。
とまぁこんな感じで毎日のようにいじめられ続けている。
他にも嘘告を強要されたり、教室で制服を脱がされることも良くある。
大人しくて弱そうな人を狙った卑劣ないじめのターゲット。
そんな僕の事を好きになる女の子なんているはずがないでしょ。
――――――――
ただ、クラスの全員が僕の敵という訳ではない。
岡田達に刃向かうのが怖くて何も出来ないけれど、気遣ってくれる人達は何人かいる。
「あの……桜井さん。大丈夫ですか?」
僕の好きな女の子、月城さんもその中の一人だ。
トイレで水をかけられ制服がビチョビチョになって困っていた放課後、月城さんが心配そうに話しかけてくれた。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
大人しくてか弱いけれど優しい心はちゃんと持っている。
なんて素敵な女の子なんだ。
ますます守りたくなってしまった。
「でも離れた方が良いよ。いつ岡田達が戻って来るか分からないから。僕と話をしているのを見られたら狙われちゃうかも」
僕が何故岡田達のいじめを素直に受け続けているのか。
それはこれが理由である。
もし僕が強く反発していじめる相手として面倒臭いと岡田達に思われたら、月城さんがターゲットになってしまうかもしれない。
それを避けるために敢えて被害を受け続けているんだ。
「…………」
月城さんは何かを言いたげな瞳で僕を見ていたけれど、彼女を守るために岡田達が戻って来る前に僕は彼女から離れて自席へと向かった。
う~ん、制服が濡れすぎているからジャージに着替えるしかないかな。
だがそれは許されなかった。
「あれぇ、満ちゃんそんなに濡れてどうしちゃったの?」
「雨でも降ったんじゃね?」
「キャハハ、うっけるー めっちゃ晴れてるのに」
「ギャハハハ!」
岡田達が戻って来てしまった。
こいつらまだ僕を辱める気か。
「教室が濡れちゃうじゃん。さっさと着替えなよ」
「そうだ、どうせならもっと似合う服を着ろよ」
「え?」
こいつら何を言い出したんだ。
また僕を脱がそうとしてるのかと思ったけれど、そうじゃないのか。
「そうね……月城さんちょっと良い?」
なんだと!?
こいつらまさか月城さんを関わらせる気か!?
「月城なら丁度良いか」
「背丈同じくらいだもんね」
「ギャハハハ! ちっこい月城と同じとかこいつ本当に男かよ!」
まだ月城さんがターゲットとなった感じでは無いのかな。
僕と同じ背丈ってことで偶然呼ばれただけのようだ。
「月城さんごめんね。ちょっと制服を貸してくれない? ブレザーとリボンとスカートだけで良いからさ」
斎藤はそう言って月城さんを教室の外に連れ出した。
この場で着替えろと命令したら全力で阻止するつもりだったけれど、まだ月城さんをいじめ相手とは認識していない雰囲気だから手を出しづらい。
しかしこれは間違いなく月城さんの制服を僕が着ろってことだよな。
僕にとってはご褒美でしかないけれど、月城さんにとっては男子に自分の服を着られるなんて気持ち悪いとしか思えないだろう。
戻って来た月城さんはジャージ姿に変わっていた。
「はい、これ。着替えな」
「ギャハハハ! 確かにこれは似合うだろうな!」
どうする。
ここで反抗すべきか。
それともまだここは耐えるべきか。
僕はチラリと月城さんを見た。
「(大丈夫)」
彼女は唇を動かし、小さく首を縦に振った。
彼女の気遣いを無駄には出来ないか。
仕方なく僕は月城さんの制服を身に纏った。
本当は着たかったってわけじゃ無いからね!
ああ、でも服に残ったこのぬくもりは月城さんの……考えるな!
「キャハハ、すっご、マジで似合ってる」
「ギャハハハ!こいつやっぱり本当は女なんじゃね?」
爆笑する二人。
残っていたクラスメイト達もニヤニヤしながら写真を撮ってる。
「も、もう良いでしょ」
「なぁに言ってんの、本番はこれからっしょ」
「さ、帰ろうぜ」
「え……まさかこのまま?」
「キャハハ!」
「ギャハハハ!」
女装したまま外に出ろって言うのかよ。
ふざけるな!
「駅までで勘弁してやるから」
「でもよ、どうせなら電車に乗らせた方が面白くね?」
「キャハハ、痴漢されたりして」
「ギャハハハ、見てぇ、超見てぇ!」
あまりの怒りでどうにかなりそうだ。
でも月城さんを巻き込めない。
なんとかして無難に終わらせて月城さんに制服を返さないと。
「さぁ、いこいこ」
僕には拒否する選択肢が無かった。
「うう、恥ずかしい」
女性の制服を身に纏った僕は、一人道を歩いている。
後方の少し離れたところに岡田達とクラスメイト数人、そして月城さんがついてきている。
周囲の人は誰も僕の事を気にしていない様子なのはそれだけ違和感が無いという事なのだろう。
嬉しいと思うべきか腹立たしいと思うべきか。
それともさっきからパトカーのサイレンの音がうるさいから、みんなそっちに気をとられているだけかな。
「スカートがスースーする。変な気分だよ」
スカートの下は下着であり、まるで自分が露出狂にでもなったような気分だ。
女の子は良くスカート穿けるなぁ。
僕だったら何か中に穿いて隠さなきゃ不安でならないよ。
そんなことを考えてトボトボと歩いていたら、驚きの事態に巻き込まれた。
「動くな!」
「え?」
突然道端の茂みから男が飛び出し、僕を後ろから羽交い絞めにしたのだ。
喉には金属の冷たい感触。
ナイフをつきつけられているらしい。
「こっちへ来い!」
「え?え?」
男は僕を引き摺って路地裏へと向かおうとしている。
なんだ、何が起きたんだ。
「来いって言ってるだろ!」
僕は強く抵抗してその場から動かない。
「てめぇ、死にたいのか!」
喉に当てられたモノが、少し肌に食い込んだ。
これは流石にマズいかな。
ふと遠くを見ると岡田達が慌てふためいていた。
「待て!」
「その子を離せ!」
「チッ」
僕の粘りが功を奏したのか、警察がやってきた。
さっきからパトカーが沢山走っていたけれど、こいつを探していたのかもしれない。
「近づくな! こいつがどうなっても良いのか!」
男はテンプレの台詞を放ち、ナイフを持つ手に力が入った。
これはちょっとした手違いでグサっとなってしまうかもしれないな。
警察も来たことだし、そろそろ終わらせるか。
僕は右手の人差し指と親指でナイフの刃をつまんだ。
「このガキ、何をして……!?」
何ってそりゃあナイフで喉を掻っ切られたら困るから排除するつもりだよ。
「動かねぇ。どうなってんだ!」
別に何も変なことはしてないさ。
ただ力を込めてつまんでいるだけ。
「こんな危ないのは捨てましょうね、と」
「ぬおっ!」
そのままナイフを首から離して大きく手を振り、男の手から外れると地面に放り投げた。
「なんだよこいつ!」
馬鹿だな。
力の差を理解したならすぐにでも逃げれば良いものを。
左側にくるりと回転し、左手の裏拳を男の頬にブチ当てる。
「ぶげら!」
この感触は骨を砕いちゃったかな。
死んで無いと良いけれど。
「……か、確保!」
警察のみなさん、ダメじゃないか。
驚いてないで直ぐに動かないと。
そんなんだから逃げられちゃうんだよ。
「キミ、大丈夫か」
「はい、大丈夫です」
面倒臭いなぁ。
これから警察に行って話をしなきゃダメだよね。
それとも喉が少し切れて血が出ているようだから病院行きかな。
女装姿で?
ちょっと、流石に着替えさせて!
その願いを込めて岡田達の方を見たら、こっちに向かって走って来た。
おかしいな、そのまま逃げるかと思ったのに。
……
…………
………………
あれ、待てよ。
もしかしてこの状況って岡田達にとって都合がとても悪いのでは。
だって僕が男だって知ったら警察になんで女装してたのか聞かれるよね。
そこでいじめられてることがバレたら……
「桜井君!」
「月城さん?」
考え事をしていたら月城さんが飛び込んで来た。
「無事で良かった」
「心配してくれたんだ」
「当たり前だよ!」
ああ、月城さんの良い匂いがする。
こりゃあたまらん。
でもなんで抱き着いて来たんだろう。
月城さんと僕はまだほとんど関係が無いのに。
もしかしてあの男を倒した男らしさに感激したのかな。
普通、心配したからってだけでは仲が良い訳でも無い男子を抱き締めてくれないよね。
月城さんは僕の無事を何度も確認するかのように背中にあてる手の位置を変えて何度も何度も抱き締めてくれた。
これはワンチャンあるのでは。
抱擁を終えた彼女の顔はほんのりと赤く染まっていて、そのまま僕にある質問をした。
「ねぇ、桜井君。そんなに強いのにどうしていじめに抵抗しなかったの?」
「あっ!」
「うわ!」
「いじめ?」
慌てた声をあげたのは岡田達、『いじめ』に反応したのは警察の人だ。
岡田達を見る目が鋭くなっている。
ざまぁ。
それはそれとして、厳しい質問が来ちゃったな。
どうしようか。
君を守るためだなんて格好つけているみたいで言えないよ。
そうだ、もう一つの理由を言えば良いんだ。
「僕って手加減が出来ないからさ。反撃したら相手がどうなるか分からないんだ」
地面に落ちたナイフをチラリと見ると、僕が指でつまんだ部分が明らかに凹んでいた。
そして次に岡田達の方に目をやると……
「ひえっ」
全員が僕に怯えていた。
自分達が今までどれほど危険なことをしていたのかをようやく理解したようだ。
僕は小さい頃から独学で体を鍛え続けていて、見た目に反してかなりパワーがあるんだよ。
ただ、武術とか習ってないから程良い手加減が出来ない。
だからもし怒り狂って岡田達に反撃してしまったら殺してしまう可能性もあったんだ。
「本当にそれだけ?」
「うっ……」
納得出来るはずの理由だったのに、なんで追加で聞くのかな。
まさか僕の気持ちがバレてたのか?
「教えて欲しいな。桜井君」
好きな女の子にこんなこと言われて拒否できるわけがないじゃないか。
「僕がいじめられなくなったら、君がいじめられるかもしれなかったから……」
「私を守るために我慢してくれてたの?」
「うん」
「嬉しい!」
そう言って月城さんは僕にまた抱き着いて来た。
少し積極的過ぎる気もするけれど、これはこれでアリなのかな。
もう少し感情表現が控えめな方が好きだけれど、全然許容範囲内だ。
警察の人達は空気を読んで僕らのことは後回しにしてくれている。
その代わり、岡田達への尋問が始まっていた。
「あの子はいじめられていたのかい?」
「ええと、その……」
全員が顔面蒼白だ。
完全に警察にバレてるじゃん。
ほら、逃げられないようにもう囲まれてるし。
でもどうせ警察にバレても学校が大事にしないようにするんだろうな。
残念なことに偉い人達はいじめに甘いからね。
いや、待てよ。
今回の事件ってかなりヤバイ話だよな。
僕を襲ったあの男が何者かは知らないけれど、学生を人質に取ろうとした時点で大事件だ。
しかも人質の学生が男をぶん殴って倒したうえ、その人質は何故か女装していた男子生徒。
女装の理由がいじめで、女の子を守るために耐えていた。
こんなのマスコミが逃すわけないじゃん!
大々的に報道されて、岡田達は世間から猛バッシングを受けるのでは。
そうなったら登校どころか家族揃ってまともに生活出来なくなるぞ。
これは確実に終わっただろ。
ざまぁ!
報いを受けて世間の目を恐れて震えて眠れ!
これで月城さんが狙われることも無くなったはずだ。
やったー!
「これで全部終わったのかな」
思わずそう呟いた僕に対し、月城さんは体を離して答えを返す。
「ううん、終わって無いよ」
そうか、そうだよな。
僕と月城さんの関係はこれから始まるんだ。
「私、桜井君に出会えて本当に良かった」
僕もだよ。
そう答えようとしたけれど、まさかこの流れで絶望することになるなんて。
「私ね、自分より強い男の子と付き合いたかったの」
は?
それってどういう意味?
彼女はおもむろに僕の手を握って……いででで!
なんだこの力は。
僕と同じくらいの握力だぞ。
そんな!
彼女は大人しくてか弱い女の子じゃなかったのか!
「今度全力で戦ろうね」
いやああああ!
肉食獣の目をしてるうううう!
「桜井君の体つき、とても良かった。これなら楽しめそう」
何回も抱き着いて来たのって、僕の体を確認するためなのぉ!?
そんな馬鹿な!
返して!
か弱くて大人しくて僕好みの月城さんを返してよおおおお!
うわあああああん!
せっかくいじめが終わったのにあんまりだああああ!