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不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第三章 白い猫と神主:詠み人知らず
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最愛のひと

 真実を知るまで、みさきの表情には、モヤモヤとした迷いと戸惑いがあった。


 だが、すべてを知ったみさきは、吹っ切れたような表情で、自分が唯一進む道を決め、現世へと戻っていった。


(さあ――後は頼んだぞ――)


 役割を終えた「狭間」は、もはやその存在を保つことはできぬ。足元からバラバラと崩壊を始めたその空間とともに、ワシは、奈落の底へ落ちていく。


 昏い昏い永遠の闇へ向けて、止まっていた魂の消滅が進む。

 霞のような魂は、その薄さを増していき、意識がどんどん失われていく。


(ああ・・もう生きたくはないなどと思っていたとしても、自分が解体される瞬間は怖くてたまらない)


 消滅の恐怖に慄きながら、完全に意識が失われるその瞬間に。


「彼女」の名前をつぶやいた。


 その刹那。


 漆黒の闇に包まれた空間から、まるで数多の明かりに照らされたような、真っ白な空間へと投げ出された。


 失われたはずの意識が、再びくっきりと戻ってくる。


 視線を落とし、霞となって消えたはずの自らの身体を確認する。目に写ったのは、白衣、袴を着た神主の姿だった。


 予想もしていなかった出来事に動揺を隠し得ない。事態が理解できぬまま、ただただ、その場に立ち尽くす。



「貴久様・・?」


 ――遠い昔に聴いた、懐かしい、彼女の声が聞こえた気がした。


 声の主を確かめようと、おもむろに自分の背後を振り返る。


 意思の強そうな瞳、流れるような黒髪。あどけなさの残る、薄い唇。


 そこにあったのは、紛れもなく、ワシが想いを寄せていた、あの静江の姿だった。


「静江・・さん・・・?」


「よかった。またお会いできて。ずっとずっと、待っていたのですよ」


「待っていた」という言葉に、首をかしげる。人間は亡くなった後、死出の旅に出る。そしてその後、ワシの知る限りでは、再びこの世に生まれ変わるはず。


 静江が亡くなったのは大正時代で、もうとっくに生まれ変わっていてもおかしくないほどの年月が経っていた。


「一体どうして・・・? 」


 静江に聞きたいことは山程あったが、うまく言葉にならない。再び会えた喜びと、理解できない今の状況。混乱する要素が多すぎて、整理が追いつかぬ。


 すると静江は上品に微笑み、ワシの疑問に、ぽつり、ぽつりと答え始めた。


「私は現世を去った後、三途の川の河原に立ちました。でも、貴久様のことが心配で。自害でもして、私の後を追いそうな顔をしていたものですから。黄泉の国の船頭に、頼んだのです。どうにか貴久様が来るまで、待たせてはもらえないかと」


「連れが来るまで待たせてほしい」と、黄泉の国の船頭に頼み込むとは恐れ入った。

 気の強い彼女らしい主張ではあるが。


「そうしたら、その船頭は、それはできないと。連れを待つというのも許可できないが、そもそも貴久様は人間ではなく、魑魅魍魎の類のもので、時がくれば消えてなくなるもの。人間と同じように生まれ変わることはできない、というではありませんか」


「確かに、静江さんが亡くなる時、私の本来の姿についてお話しておりませんでしたね・・・ワシは呪詛の道具としてかつて生み出された、災厄を形にしたようなもの。あなたと共に生きたいなどと、おこがましいことを・・・。ワシの術のせいで、あなたの命は奪われた。本当に申し訳ないことをした・・・」


 謝っても許してもらえるものではないとわかっている。

 だが、再びこの人と出会えて、謝罪ができただけでも、少しだけ心に積まれた重しが、軽くなった気がする。


「・・私はね、生前も何度もお伝えしましたが、貴久様に本当に感謝しているんですよ」


 彼女は諭すように、穏やかな口調で、言葉を重ねた。


「貴久様が私の世界を変えてくれたのです。確かに私の命は力のせいで削れて、なくなってしまいましたが、それは私が正しく力を使わなかったために起きたこと。だからそれは、私の咎なのですよ」


 可愛らしい彼女の顔が、困った顔をして、にこりと笑う。


 耐えかねて、ワシは彼女を抱き寄せた。

 数十年ぶりに腕の中にいる彼女は、記憶にある冷たく、痩せ細った身体とは違い、とても、温かい。


「あなたは本当に、強い人ですね・・でも、一体どうやって、今の魂のままここに?」


 すると彼女は、悪戯っぽく笑い、こう言った。


「私、閻魔様と賭けをしましたの」

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