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不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第三章 白い猫と神主:詠み人知らず
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祈り

 長い長い、夢を見ていた。


 かつて愛した相手との、幸せだった短い日々を。



 人間の「愛」を知り、「愛すること」と「愛されること」の喜びを理解した今。


 静江の願いを、別の形で叶えて——二人で幸せに暮らす道があったのではないかと、何度も何度も悔やんだ。


 そして愛するものの命が奪われる悲しみを、複雑な人間の心を、報われない、すれ違ったままの想いを知り。軽々しく、戯れに何人もの人間の命を奪っていたことを、今更ながら後悔した。


(ワシが奪った命にも、愛するものがいたかもしれぬ。殺される前に、伝えたい想いがあったかもしれぬ)


 ここには、誰もいない、この世とあの世の間に生まれたしじまのはず。だが耳元では、自分が殺したものたちの怨嗟の声が、燃えるような泣き声が聞こえるようだ。


 懐かしく温かい思い出と、罪の意識の合間で揺らぎ、苦しみ、悩み、後悔し、身体だけでなく、心までも朽ちていくような、そこ知れぬ闇の中で。



 ただ一つの想いだけが、ワシを正常に保っていた。


 産まれてから死ぬまでをずっと見守ってきた、そして「家族」として、猫の姿の自分に愛情をかけてくれた秀明を、なんとか幸せにしてやりたい。


 秀明を助けることで、自分の罪がなくなるわけではない。


 ただ、せめて最後に、自分が好いた人間を救いたかった。「幸せを切り売りする力」による犠牲者をこれ以上出したくはないのだ。




 縁結びのまじないには、二人の縁を引き寄せる効果しかない。出会って、淑恵が記憶を取り戻したとしても、彼女が自らの気持ちで助けたいと思わなければ、事は動かない。


 そして彼女が助けようと頑張ったとしても、前世の記憶がない秀明は、淑恵に気がつかぬ。本当に彼女があの男を救えるかは賭けのようなものなのだ。


 もう、出来ることは全てやった。今のワシに出来ることは祈ることのみ。


 ふと、蝋燭の上でゆらめく炎の如く、今にも消えそうな自分の魂を眺めた。


 ——ああ、自分の命もあと少しか。


 もう十分に生きた。これ以上生きたいとは思わない。


 だが、この世に未練はなくとも、言いようのない寂しさが込み上げてきた。


「・・生まれ変わって、再び運命の相手と添い遂げる・・か」


 ふとつぶやいて、キュッと胸が締まるような、切ない気分になった。人間ではない自分の魂には、ただ消滅あるのみ。再び懐かしい彼女と、巡り合うことなど叶わない。


 ——その時、誰かがこちら側へ、足を踏み入れる気配を感じた。


「来たか・・」


 相手を怖がらせぬよう、魂の形を猫の器に変え、出口へ向かう。この空間では、実体を作らずとも姿を表すことができる。残り少なくなった力を無駄遣いせずとも、淑恵と話をすることができるのだ。


 こうしてワシは、愛する夫への懺悔を抱えたままこの世に生み落とされた、「みさき」と、再び顔を合わせることとなった。




「あの・・あなたは・・あの・・・」


「そうだ、お前が秀明の葬式の日に見た、その神主で間違いない。ワシはな、この世で、お前の人生と秀明――今は武か――の人生が交わるのを待っておったのだ」


 みさきは怯えていた。


 まあ、普通の人間が、急にこんな場所にいざなわれれば、こんなものだろう。


 この闇の中で時を待ちながら、夢を見るように「秀明」と「淑恵」の新しい人生を視ていた。


 そして今、みさきとなった淑恵が、武という名の秀明との関係に、迷いを抱えていたのも知っている。



「・・お前は救えるか、あいつの魂を」


 そう問いて、祈るような心持ちで、彼女の瞳を見つめた。たとえ前世の記憶を持っていようと、新しい人生を謳歌している年頃だ。


 そんな面倒なことに巻き込まれるなどとんでもない、と断られたとしても不思議ではない。


 だが、返ってきたのは、恐れていた弱々しい返答などではなく——決意を込めた強い言葉だった。



「私はね、あの人の奥さんを約三十年もやってたのよ。どうやってあの人を励ませばいいかなんて、ようくわかってるわ。何度でも救ってやるわよ、どんな不幸からも。そして絶対今度は――最期まで笑顔で、あの人の旅立ちを見送るの」


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