表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第三章 白い猫と神主:詠み人知らず
48/52

想いを託す相手

 淑恵の身体は、衰弱しきっていた。


 医師は、看護師に家族を呼ぶように指示する。


 病院のベッドに寝かされた淑恵は、ブツブツと、消え入るような声で、独り言を言っていた。


 ワシは、年輪を刻んだ、真っ白な顔をした老女の枕元に近づいて、その言葉を聞き取ろうと試みる。


「お父さん、お父さんに会いたいなぁ。・・自分勝手よね。あんなに酷いことをたくさんしたのに。でも、今度あなたにまた逢えたら。きっときっと、優しくするわ」


 かろうじて開いていた瞼を閉じる。ひとすじの涙が頬をつたい、枕元に小さなシミを作った。


「・・でも、あなたはもう、私のことなんか嫌いよね。だから、また夫婦になりたいなんて、言わないわ。ただ・・」


 息が上がり、心拍が弱っていくのがわかった。


 きっと淑恵は、明日の朝日を見ることは叶わないだろう。


「どうかあなたが、生まれ変わったその先で、家庭に恵まれ、仕事に恵まれ・・あなたを大事にしてくれる人に、出会えますように。そして今度は必ず、自分の幸せを大切にしてね・・」


 家族が揃う頃には、もう淑恵に意識はなかった。


 ゆっくりとゆっくりと、一人の人間の生命活動が静かに止まっていく様を見ながら、覚悟を決めて、自らの体に力をこめる。


(・・託すなら、もう淑恵しかいない。身を切るほどの後悔の念は、秀明を助けることの原動力となるだろう。そして、秀明の特性を誰よりも理解している淑恵なら、不幸の残債に追い詰められた秀明を救う方法を、見つけられるかもしれない)


 もう、生物の生まれ変わりの方向を、いじる力は残っていない。


 今できるのは、淑恵の今世の記憶を魂に刻み、来世で秀明と淑恵が再び出会えるよう、「縁結びのまじない」をかける程度だ。


(再び二人が出会い、淑恵は前世の無念を晴らし、秀明が不幸の連鎖から抜け出せるように・・)


 力を使い始めると同時に、まるで卵の殻がひび割れるように、残った上半身が崩れはじめた。


 生まれ変わってからもう一度、淑恵に接触し、「不幸の残債」について伝えるための力は残しておかなければならない。


 痛みに耐えながら、そのギリギリを見極めて術をかけていく。


(さあ——後は頼んだぞ——)


 もうこの世で、実体を保つことはできない。


 淑恵の魂に術をかけ終え、今にも消えそうな身体をかかえながら、ワシはあらかじめ見つけておいた、この世とあの世をつなぐ狭間に、身を埋め、最後の力を使うその時まで、深い深い眠りについた。


 いつか生まれ変わった淑恵が、結ばれた見えない縁にいさなわれ、ワシの居場所に足を踏み入れるまで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ