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不幸を背負って、親父は笑顔で逝った  作者: 春山 潮
第三章 白い猫と神主:詠み人知らず
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最後の願い

 それから一年も経たぬうち、秀明は儚くなった。


 秀明の家族は、それなりに、あの男の死を悲しんでいたようだったが、秀明が家族に向けていた愛情を、本当の意味で理解してはいないだろう。


 それが非常にもどかしく、悔しかった。


 この男は、このまま、自分が命を削ってまで家族を守ろうとしていたことを、知られずに消えてしまうのか。


 損してばかりではないか、この命知らずの大馬鹿者めが。



 ワシは指先を操り、秀明が芳名帳と日記帳を仕舞い込んでいる箱に、細工を施した。


 嫁と息子が、その箱の存在に気づくよう。その中身を、読み進めるよう。


 肉体が消滅するその日までに、本当の意味での感謝を、家族の口から、あの男に伝えてほしかった。




 ******


「お前も。そろそろ消滅のときが来たようだな」


 生まれ変わりの方向をいじり、何度も秀明のそばに生まれ直していた猫は、秀明の死とともに、ついに本当の意味での臨終の時を迎える。


 自然の理から外れた力を使い続けたがために、その魂はくたびれ果てていた。もはや魂の抜けた秀明の身体を追い続けているのは、ただ一途に、自分が大好きだった人間の、最後までを見届けたいという気力がなし得ているものであろう。


「ワシはまだやることがある。・・お前は、秀明の魂の、道案内でもしてやってくれ。そろそろ、現れる頃だろう」


 そう、白い猫に向けて話したとき、右目の端に、ぼんやりとしたモヤが映り込んだ。


 ゆっくりとその瞼を開け、こちらを向いたのは、あの人懐っこい、しかし年老いた男の笑顔だった。


「おう、また会ったなあ。まさか今生の最後に、神主さんに会えるとは思わなかったよ」


 白いモヤのような魂は、ワシがその姿を捉えた瞬間、くっきりと人間の形に浮き上がった。


「・・お前の人生はどうだった。あれだけ幸せを分け与えてなお、七十まで生きるとは大した男よ。その分大変なことも、多かったようだが」


 禿げ上がった頭を掻きながら、ワシの問いに、秀明は答える。



「まあ、色々あったはあったなぁ。だがよ、喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうだろ。もう、いいんだ、そんなことは。・・ただよ。一個だけ心残りがあって」


「なんだ。申してみよ」


「俺の日記帳を読んでさ、俺が思ってたことを、やってきたことを理解してくれたことはさ、嬉しかったんだ。ちょっと小っ恥ずかしかったけど。・・でも、家族には自分たちのせいで、俺が死んだ、とは思って欲しくねえんだよ」


 あるはずのない心が、チクリ、と傷んだ。またワシは、読み違えていたらしい。自分が家族のためにしていたことを、家族に知ってもらうことがこの男のためになると思っていた。


 だが、秀明は、それによって家族が心を痛めることを、望んでなどいなかったのだ。


「本当は、自分の口で伝えたかったんだけど。見えない壁に阻まれているみたいで、どんなに叫んでも、伝わんねえんだ。だからもし、神主さんが、俺の言付けを伝えてくれるなら、ありがてえなぁと思って。で、神主さんを探して歩いてたら、どうにかこうにか見つけられたわけよ」


 軽い調子でそう言う秀明だったが、その言葉の裏からは、どうにか家族の後悔の念を薄めてやりたいという、必死さが伝わってきた。


「断る理由もあるまい。そこで待て」


 ワシは家族の集まる場所を狙い、残る力を振り絞って、彼らの眼前に姿を現した。

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